2008-06-30

一般質問2日目、は海鳥の気持ちにも似て

一般質問、2日目。

今日の登壇は、
村上 要議員(社民・護憲連合)、阿部悦子議員(環境市民)、梶谷大治議員(自民)、
の3名であった。

村上議員からは、耐震化問題、しまなみ地域の交通対策、
労働問題、後期高齢者医療制度、の4点が取り上げられた。

特に、労働・医療については、政党スタンスが色濃く反映され、
なるほど、論戦とはこうしたものであるべき、との感慨を持った。

にしても、悠々と再質問に持ち込むあたり、
さすが当選5回のベテランである。

私には、逆立ちしてもできないプロフェッショナル、と思った。

阿部議員は、がん対策、障害者差別、地震防災対策、
の3点について、仔細にわたる質疑がなされた。

特に前半部分は、
私たち会派の主張と軌を一にする内容が多く、感嘆するも、
後半の傍聴席からのヤジは、残念極まりなかった。

そして、本日のトリを務める梶谷議員は、
いつものように傍聴席いっぱいの大応援団を引き連れ、
そして、いつものように幕が開き、見事な雄弁、であった。

医療・主力産業・災害など、地元課題を詳しく取り上げられ、
大応援団の皆様も、さぞ快哉を心で叫ばれたことと思う。

が、果たして答弁はどうであったろう。

私たち議員の力量は、理事者から引き出した答弁、
すなわち課題の実現であり結果、とよくいわれる。

そういう意味では、補正予算さえ組めない今の状況で、
課題解決に大きく前進させる答弁を理事者から引き出すのは、
とても困難に思えてならない、そんな暗澹たる感を持った。

国による財政難を、戦意喪失の理由にしてはならない、のだ。
そう叱咤し、彼らを励ますのも、議員の仕事、なのかもしれない。

なんとなく重たい雰囲気で終了した本会議のあと、
私のもとに1本の電話を頂いた。

とある住民団体から、県の取り組みに異議があるから、
急で申し訳ないが、今晩、こちらに寄ってほしい、とのこと。

公僕だから喜んで、と1も2もなくお引き受けしたのだが。

電話にてお伺いした異議内容については、
会派・個人として、心苦しい弁明を余儀なくされるかもしれない、

そんな不安を抱きながら、皆様のもとへと向かった。

お伺いした会場には、
20人近くの住民代表者が、ズラリ。

私は見事に囲まれるカタチとなって、そこから2時間あまり。
非常に長い、懇談となった。

差し障りもあり、詳細は割愛するが、

住民の皆様の苦しい思いを、怒らざるを得ない辛さを、
ダイレクトに肌身で感じた2時間あまりであった。

さて、ここから、だ。
この事態を、どう動かせばいいだろう。

まさに、昼間の理事者答弁が脳裏をよぎった。
行政は必ず、そのように反応するだろう、と。

しかし、それでは、事態は、動かない、のだ。
そこを、どのように動かせばよいのか。

これこそ政治、と思った。

きれいごとではない、教科書どおりには決していかない、
もつれて絡まりあった糸をどう解きほぐすかという、現実問題、だ。

打算も勝算も見当たらない中、
私ならこうする、これしかない、と思う、私の持てる情熱を、誠実に、

明日、部局に体当たりで訴えてみたい、と思う。

懇談を終え、
すっかり静寂に包まれた夜の帳をお見送り頂いた、

そして、あたかも私の大応援団と化したかのような、
あの、住民の皆様の笑顔にお応えするために。

祈る思い、である。

��写真は、市内の海岸で、遠くを見つめて何を思う、海鳥。今日の私と同じだ、な。)


2008-06-29

社会的引きこもり、が私たちに問うもの

午前、市内にて、支持者の対話集会。
午後、KHJ愛媛県こまどりの会定例会に出席。

今日は、その、こまどりの会から。

ん?それって何、

と、思われた方も多いと思うが、

この会は、
社会的引きこもり、といわれる子どもさんを持つ、
親御さんの集まりである。

子どもさん、といっても、
それは、あくまで親御さんにとって、であって、

引きこもっているのは、20代~40代、あるいはそれ以上の年齢の、
れっきとした大人たち、なのである。

その数は、全国に100万人とも、300万人ともいわれているが、
もはやまぎれもない、社会問題といえよう。

私は、議員になる前の昨年3月に、
当事者の方々から悩みを打ち明けられ、この問題を知ることとなった。

そうした苦しみが世の中にあることを、
まるで知らなかった自身の不明を恥じるとともに、

実態を調べていく中で、この問題の構造の奥行きと広がりに、
それが紛れも泣く、政治問題であることを知った。

この国が、豊かさを得る代わりに失った大事なものを、
問われている気が、した。

であるがゆえに、議員になって初の一般質問は、
この、社会的引きこもりに、半分以上の時間を割かせて頂いた。

��ご参照⇒ http://www.pref.ehime.jp/gikai/frame/frame10.htm 
 会議録の検索→平成19年第303回定例会→第5号6月27日→木村誉議員、
 の順で出てきます。ご覧頂く皆様には、お手数をおかけしてすみません。)

本当は、一般質問はもっと幅広いジャンルで、なるべくたくさんの項目を、
ということを後で知ったが、あれでよかった、と1点の後悔も、ない。

それから、1年が経った。

さて、今日のこまどりの会の中で、会長から参加者に対し、
事態が改善・解決された家族はいるか、との問いかけがあった。

皆様の反応は、すこぶる、重たかった。

結局1年間、事態は放置されたまま、ということか、
あるいは、解決したらここにはいない、ということか。

胸が、痛んだ。
そして、ひるんではならない、と思った。

その瞬間。

ここで集まって話していても前進しないんだったら、
お互いに動いて、自ら解決の糸口を探しましょうよ。

同席していた、ヒューマン・チェーンセンターの戒田理事長の、
明るく力強い檄が、空気を一変させた。

有難かった。

そして、
社会的引きこもり問題の解決のために私がなすべきは。

国の法整備から、自治体の対応インフラの整備までの、
国と自治体を挙げた行政面での支援拡大を図るとともに、

青少年の健全育成に情熱を燃やす、
まさに戒田理事長のような、

民間各位の知恵とスキルを、どのようにネットワーク化し、
機能させるしくみを創るか、ということだ、と思った。

引き続きさらに、である。
褌を締め直せ、と自身に言い聞かせた。

社会的引きこもりの長期化は、取り返しのつかない事態を生む。
親御さんのご心情からすれば、時間との戦いである。

ご本人とご家族が、
一刻も早く、元の笑顔を取り戻せるよう。

昨年の一般質問の末尾に述べた一節を、
今一度、心に刻んで取り組んでまいりたい。

��写真は、講演を頂いた、NPO法人若者訪問支援協会代表理事の、川上佳美さん。
本ブログでも何度かご紹介した、知る人ぞ知る、レンタルお姉さん、です。)


2008-06-28

スピード、スピード、スピード

日本の漁業が、今、
大変なことになっている。

非常警報を発するのは、
社団法人大日本水産会の中須勇雄会長、だ。

記事は、
原油高で一斉休漁やむなし、との見出しで始まる。

��日経ビジネス6/30号 「敗軍の将、兵を語る」/写真)


中須会長は、

現今の、水産業を取り巻く非常事態を、4Pにわたって語られ、
行間からは、その、尋常でない苦悩がひしひし、伝わってくる。

一般的に、漁業は燃油代のコストシェアが約20%といわれ、
それが今は、5年前に比べて3倍以上、に膨らんでいるそうだ。

販売量額とも低迷が続く中、魚価にも転化できず、
出漁するほどに赤字が膨らむ構造となっているのである。

市場原理でいうと、との意味合いで、会長は語る。

まず、水産業が、産業として未熟であったこと。

今までは、
黙っていても魚を食べてもらえる国民とマーケットがあった。

したがって、供給するという意識が強く、
消費者が何を求めているかを考える姿勢が欠けていた、と。

そして、省エネへの努力が足りなかったこと。

獲れさえすれば買ってくれるマーケットがあったので、
漁船の燃料効率については、ほとんど考えることがなかった。

その結果、燃費の悪い船齢20年以上の古い船ばかりとなって、
それが、原油高ダメージをさらに増幅させてしまった、という。

但し、その反省は重要だが、
今、最も重要なのは、目の前の苦境をどう乗り切るかだ、として、

燃料購入に対する補助、と休漁補償の2点を、
国と政府に強く要望されて、記事は結ばれていた。

心臓が止まらないように、カンフル注射を打ってもらいたい、と。

私たち公明党も、その危機意識を共有している。
全国の漁業関係者から、あまりにも多くの声を頂いているからだ。

そして、奇しくも、というか、
記事を読む前の6/24、

太田代表・斉藤政調会長・赤羽対策本部長から福田総理に対し、
原油高騰への緊急対策を求める申し入れを提出させて頂いたのである。

昨年末から、これで第5回目の、申し入れになる。

その内容は、

水産資源の確保の観点も含め、漁業者が継続して操業できるよう
原油高騰による負担を軽減するための助成を検討すること、

省エネ漁業への転換を図り、
漁業経営の体質強化のための基金などの支援を拡充すること、

など、中須会長をはじめとする漁業関係者の要望はもちろん、

中小企業・運送業・農林業・建設業・国民生活などの、
各分野に対する緊急対策を、総合的にまとめさせて頂いた。

そして即、であろう6/26、
原油等価格高騰対策の政府案が示された。

私たちの要望がほとんど盛り込まれていた。

特に、漁業関連では、

水産業燃油高騰緊急対策基金を積極的に活用し、
省エネルギー型漁業等への転換支援を強化する(102億円)。

緊急に資源回復を図る必要のある魚種等についての減船、
休漁等への経費支援につき支援対象を拡充する(14億円)。

漁獲から出荷に至る生産体制を改革し、省エネルギー等により
収益性を向上する漁船漁業改革推進集中プロジェクトにつき
支援対象を拡充する(50億円)、

など、
非常事態に対応した抜本的対策の導入に向けた検討を行う、
ということである。

スピード、スピード、スピード、だ。

市場原理は大事、だ。
が、それを主義にするのは、あくまでもビジネスの世界である。

政治は、それを踏まえた上で、
国民生活を守り、向上させる、深さと温かさを持たねばならない、のだ。

そして、それは。
国民生活が予期せぬ出来事に見舞われたとき、真価が問われよう。

その1点を忘れず。
微力ながら私も、皆様に貢献できるよう取り組んでまいりたい。


2008-06-27

一般質問初日、と千里の道

早朝8:00、伊予鉄髙島屋前にて。

救う会、拉致議連の皆様とともに、
7/6(日)13:30より松山市民会館にて開催される、

「拉致被害者を救出するぞ!国民大集会IN愛媛」、
のPRとビラ配りを行なった。

足早に職場・学校へと向かう、
通勤・通学のたくさんの方々が、足を止め、
ビラを受け取ってくださり、大変心強く思った。

なんとしても被害者を救出するために、
なんとしても来週の大集会を成功させるぞ。

ビラを配りながら、マイクを握りながら、
どの議員も関係者も、心は同じであったろう。

県としても、その成功に向け、庁舎に大きく懸垂幕を掲げ、
ホームページでもご案内の呼びかけをさせて頂いている。

��ご参照⇒ http://www.pref.ehime.jp/h20400/1188451_1885.html )

当事者の皆様の気持ちがどれほどのものであるか、直接感じて頂きたいし、
その共感と怒りの広がりこそ、救出の最大の力になる、

と信じている私からは、1人でも多くの皆様に、ご来場頂ければ、と思う。
この場をお借りして、何卒宜しくお願いいたします、と申し上げたい。

さて、早朝の一仕事を終えた本日は、一般質問の、初日、である。

登壇者は、
河野忠康議員(自民)、菅 秀二郎議員(民主)、青野 勝議員(自民)、
の3名であった。

当たり前、といえば当たり前なのだが、
各議員の質問は、それぞれの地元の民意をベースに、論を組み立てられていた。

かといって、決して地元に終始するのではなく、
そこには、県民生活に敷衍したカタチで、それぞれの県政チェックの視点があった。

トップバッターの河野議員は、

中山間地特有の課題から見えてくる、疲弊した地方に共通の、
改革の痛みに対する県の所見と対応を質された。

代表質問のような重みが、あった。

続いて、菅議員は、
道州制と自殺問題を取り上げられたが、とりわけ、

四国が州になった際の州都には、ぜひ地元・新居浜市を、
と、名乗りをあげられた場面には、議場が一気に、沸いた。

そして、午後からは、青野議員。

首長経験者だけに、理事者側もたじたじではなかったか、
と思うくらい、具体的に踏み込んだ提言が印象に残った。

中でも、西条地区の工業用水問題。

地元の、水に対するデリケートな感情に最大限配慮しながらも、
これは県政の問題とし、

加戸知事から、
解決に向けた西条市との対話をキャッチボールに例えると、
ボールは今、西条市側にある、実務レベルでも動きを見せてほしい、

という答弁を引き出した。
これは、間違いなく今日明日の報道の目玉となるだろう。

その他、“崩壊”が広がりつつある医療・農業や地方の行革などについて、
西条市だけでない、幅広い県民の皆様の声を代弁する質問、であった。

先述のとおり。
地方にあっては、どの議員も、地元の民意に拠って立つのである。

従って、党派を超えて、思いを同じくする場面も多い、のだ。

愛媛、を合言葉にしたとき、
すべては党利党略に優先する、という、

当たり前にして健全なる暗黙知がここにある、
と感じるのは私の未熟さゆえだろうか。

いずれにしても、諸先輩に学ぶことはあまりにも多い。
そして。

新しい時代を創り拓くために、備えなければならない知見は、
私の場合、あまりにも多岐にわたり、果てしないほど、だ。

がしかし、
月並みではあるけれど、千里の道も一歩から。

毎日、これが今日の私の一歩、といえる足跡を、
しっかりと、残してまいりたい、

そう決意させられた、一般質問の初日であった。

��写真は、県庁舎に掲げられた、「拉致被害者を救出するぞ!国民大集会IN愛媛」、の懸垂幕。)


2008-06-26

純朴というDNAと、私と、久万高原町

日中の政務を終え、
日が長くなったのを実感しながら。

夜、久万高原町を訪れた。
支持者の皆様との対話集会、である。

なんといっても、県内で最も広い、町。

お忙しい中たくさんの方々が、
山を越え、谷を越え、高知県境からも、

はるばると駆けつけてくださった。
心から感謝を申し上げたい。

そして。

来てよかった、と思って頂けるひとときを、
と、心に期しながら、会は始まった。

最初に、先ごろ閉幕した通常国会における、
公明党の取り組みと実績についての、ビデオ上映。

例えば、
公立小中学校の耐震化促進。

それは、
中国・四川大地震直後の電光石火だった。

わが党・太田代表から、福田総理に強く申し入れた結果、
実に、約3週間で、法改正が実現することとなった。

これにより、
国から各自治体への補助が、大きく引き上げられることとなった。

全国の公立小中学校の耐震化促進に、勢いをつけてまいりたい。

また、

クラスター弾の全面禁止や、クールアース・デーの創設も、
公明党の提言によるものであったことや、

来年度から始まる消費者庁の創設も、
公益法人改革も、公務員制度改革も、
そして何より、長寿医療制度の改善も。

私たち、いや、私たちがお届けさせて頂いた、
皆様の声が、その実現の源であったこと、

などを、解説を交えながらお話をさせて頂いた。

本ブログで何度も綴ってきた通りだが、
過去は知らずこれからは、

私たち庶民の声が政治を動かしていく、
と私は信じてやまない。

透明化と、グローバリゼーション。

経済はもちろん、
福祉も、医療も、教育も、文化も、治安も、

危機すなわち、
かつてない転換を余儀なくされる時代にあって、

わが国の政治は、この2つのキーワードを軸に、
付可逆で、加速しながら進むことを確信するから、だ。

また、そうでなければ、世界の中で、将来、
存在感ある日本のポジションは得られない、と思う。

皆様との、連日の対話を通して。

かつてあった、お上にお任せ、という意識ではなく、

等身大の自分ごととして、
私たちの国は、地域は、こうあるべきだ、こうするべきだ、

という、

まさに、この国の主権者としての自立した意識が、
津々浦々に急速に広がりつつあることを、五感で感じる。

時代の精神、と思うほどに。

だからこそ、
政治家はそれをカタチにしていかなければならない。

微力とはいえ、私の仕事も、そこにある。
そんな思いで、質疑となった。

いつも通り、止まらない、要望と提言の数々。

それは、
私たち公明党への期待の裏返し、であり、

有難く、真摯に受け止め、
何としてもお応えせねばならない、のだ。

私にお答えできることは丁寧に、
お約束すべきことは誠実に、

お1人お1人とお話をさせて頂きながら、
1つ1つ、メモに留め、心に留めさせて頂いた。

あっという間、の90分は、しかし、
とっても和やかでアットホームなひとときでもあった。

やっぱり、久万高原町、だ。
私は、この町とこの町の皆様の純朴が、大好きだ、と思う。

離島という、やはり純朴な田舎で育った私のDNAが、
ここも同じだ、と本能的に騒いでいるのかもしれない。

テレビで有名な政治家が国民目線で、というなら、私は、
皆様と同じDNA路線で、わが地域に貢献してまいりたい、

そんな思いで、皆様をお見送りさせて頂いた。
感謝の気持ちが込み上げて、きた。

��写真は、愛媛県身体障害者福祉センター入口にある、坂村真民さんの詩。日本人のDNA、に思いを寄せながら。)


2008-06-25

トレーニング、な毎日

午前、党務。
午後、企業訪問。

そして夜は、松前町にて、
壮年支持者の皆様との対話集会に参加させて頂いた。

平日にも関わらず、お忙しい中を、
予想をはるかに上回る多くの方が駆けつけてくださった。

私も、昨年まで民間企業に勤めていた身である。

それがどれほど、目がけて、でないとできないことか、
痛いほどわかるつもり、だ。

そうした皆様に対して、
ありがとうございます、をいくつ重ねれば、

この感謝の気持ちを表せるだろう。
そんな思いで、皆様の前に立った。

日頃のご支援に対する御礼と、今日の会合趣旨をご説明し、
さっそく、質疑となった。

いつものように。

一度かかったエンジンは止まらない。
踏み込んだアクセルは、戻らない。

ご指摘に次ぐご指摘、ご意見に次ぐご意見。
気づくと、持ち時間の90分が経って、いた。

詳細は省かせて頂くが、
今日の皆様の声をひとことで表すと、

どなたかのセリフにあった、
おかしいやろ、おかしいやん、である。

今の国政は笑止、との意味、だ。

名もない1人の地方議員ではあっても、私は、
申し訳なさで、いっぱいになった。

手を挙げて。

一生懸命、思いを述べられるお1人お1人に対して、
ぐっと込み上げるのを我慢しながら、

感傷でも、後ろ向きでもなく、
しっかりと、必ず、

私の成すべきを成す、
との決意に代えて、対話をさせて頂いた。

終了後、ご参加頂いた皆様をすべてお見送りした後、
自家用車に乗り込み、先ほどのひとときを振り返った。

自身の未熟と、拙さと、
途方もない宿題の重さに、どっと疲労が押し寄せた。

それは、青春時代の部活のクタクタになぞらえると、
公明党議員として成長するための、トレーニングであろう。

皆様に感謝、である。

��写真は、対話集会の1コマ。)


2008-06-24

異例の、6月議会初日

第307回愛媛県議会定例会が、始まった。
本日は、いわゆる、6月議会の初日、である。

例年だと、ここで補正予算が組まれ、
関連議案が審査される、のだそうだ。

しかし、
今議会でそうした予算にかかる議案は、ない。

まさに、
加戸県政始まって以来の出来事、という。

それほど、県財政は厳しい、のだ。
知事の議案説明にも、その苦渋が、あふれていた。

とはいえ、6/11の本ブログにも綴った、が、

県政チェック機能としての、今議会の質問戦は、
各会派・議員諸氏が、どの分野にどのように踏み込むか、


そして、各種委員会では、
議員個々人が、所管事項の何を取り上げ、どう切り込むか、

まさに、日頃の政務活動の視点と中身が問われそうで、
大いに注目したいし、私も万全で臨ませて頂きたい、のである。

引き続いて午後は、
愛媛県議会観光議員連盟の勉強会が開催され、出席した。

関係理事者のレクチャにより、
本県の観光事業の現状について、マクロ視点から学ばせて頂いた。

ざっと、数字を掴まえてみたい。

昨年1年間の本県への観光客数は、2,400万人強。
日本の人口の約2割、だ。

それは15年くらいのスパンで見ると、
緩やかだが、上昇トレンドである。

次に、
同じく昨年の、観光施設のべ利用者数をみると。

年間30万人を超えるのは、
マイントピア別子、石鎚ハイウェイオアシス、
タオル美術館ASAKURA、鈍川温泉、湯ノ浦温泉、
松山城、えひめこどもの城、ふるさと交流館、虹の森公園、の9つ。

50万人を超えるのは、
松山城ロープウェイ、愛媛県美術館、県立とべ動物園、
東宇和物産会館、みしょうMIC、の5つ。

そして、100万人を超えるのは、道後温泉のみ、である。

皆様は、この15施設の内、いくつ体験されただろうか。
まだ、の方には、ぜひ一度お運びを、と思う。

2010年に、訪日外国人旅行者数1,000万人をめざす、
国のビジット・ジャパン・キャンペーンが盛り上がりを見せる中、

観光議連の私たちも、ビジット・えひめ・キャンペーン実施中、
の心意気で、党派を超えて取り組んでいくことを確認し、

そこにこそ本県の、確かなる経済成長の可能性が存在する、
とお互いに確信した、議連勉強会であった。

そんな具合、の、6月議会初日であった。

��S.
レクチャを頂いた理事者の皆様、
お忙しい中をありがとうございました。

��県議会の質問戦は、どなたも当日、傍聴できます。
 なお、写真の傍聴者は、傍聴される方、が正解です。)


2008-06-23

一隅を照らす受賞者に学ぶ、謙虚

夕方から夜にかけて、市内にて。

愛媛県議会スポーツ振興議員連盟の、
総会及び表彰式・祝賀会が、盛大に開催された。

加戸知事ご夫妻、
山本順三参議院議員、
大亀孝裕(財)愛媛県体育協会会長、

を始めとするご来賓の皆様とともに、私も、
県議会スポーツ振興議員の末席に加わらせて頂いた。

7名の受賞者の皆様を大いに顕彰し、
日頃のご努力を皆で労う、有意義なひとときとなった。

さて、今回の表彰式。
その人選対象はいわゆる、裏方、であった。

議連会長である篠原会長によると。

県下それぞれの地域にしっかりと根ざしながら、
アスリートたちを陰で一生懸命支える側として、
日々ご尽力頂いている方々を顕彰させて頂きたい、とのこと。

してみると、
今回の受賞者は、皆、一隅を照らす方々、であり、

受賞者各位に、
心からの感謝と御礼を申し上げるとともに、

篠原会長の目のつけどころにも、
大きな拍手を送りたい、と思う。

さて、その受賞者の中に、
特段目を引く、若い青年が、いた。

プロフィールをよく見ると、なんと、
母校・今治西高の後輩ではないか。

実は、わが県議会議員を出身高校別に数えると、
今治西高が6名と最多、なのである。

ちなみに、
山本順三参議院議員も、われらが先輩、である。

ということで、祝賀会に入ると。

束の間、彼を囲んだプチ同窓会空気の会話が盛り上がり、
加戸知事ご夫妻も交え、記念撮影をパチリ、となった。

その後、彼との会話の中で。

私の同級生である、今西マスターズの塩見監督や、
現役の井上監督や、馬越監督のことを持ち出すと、

一瞬固まったように見えたのは、気のせいだったか。

いや、それほど、
野球の絆は、スポーツを通じた絆は、固い、のだ。

その後、各テーブルを回り、受賞者お1人お1人に、
感謝と激励のご挨拶をさせて頂いたのだが、

さすがに、スポーツマンシップあふれる皆様であった。
立ち居振る舞いを通して、大事なことを学ばせて頂いた。

それは、謙虚、である。
絶対忘れてはならない私の初心、でもある。

さて、梅雨が明けると、いよいよ北京オリンピック、だ。
そして、9年後は、えひめ国体が待っている。

選出された県勢アスリートたちの活躍と、
これから頭角を現すアスリートたちの成長を、
心から祈り、期待するとともに、

受賞者の皆様を始め、
陰でアスリートたちを支えられるすべての皆様に、

最敬礼の思いで、そのますますのご活躍を、
心よりご祈念申し上げたい、と思う。

受賞者の皆様、

本日は、誠におめでとうございました。
そして、ありがとうございました。

��写真は、祝賀会の1コマ。)


2008-06-22

ユニバーサル社会の、ここが入口

午後、市内の対話訪問。
夜、支持者会合に参加させて頂く。

そんな本日は、
午前に足を運んだ、1本の映画について。

といっても、
娯楽映画ではなく、ドキュメンタリー映画、

であり、そのタイトルは、


��1/4の奇跡 ~本当のことだから~」。

��ご参照⇒ http://www.yonbunnoichi.net/ )

実行委員会による、手づくりの上映会、であった。

約1時間40分。
終始、引き込まれた。

会場のあちこちから、すすり泣きが聞こえた。
私も、感動に包まれ、涙が止まらなかった。

そして上映後は。

何を見てもいとおしく、うれしさと感謝にあふれる、
そんな気持ちになった。

ちょっと大げさ、と思われると思うが、
ちっとも大げさにあらず、なのである。

ブログ読者の皆様には
ぜひ、機会を得て、見て頂ければ、と思う。

そして、
私がお伝えしたい、この感動を感じて頂ければ、と思う。

と、今日のまとめ、が先になってしまったが。

その、ドキュメンタリー映画
��1/4の奇跡 ~本当のことだから~」。

主人公は、
石川県の養護学校教諭の、山元加津子さん。

通称、かっこちゃん、と呼ばれる、その人である。
��ご参照⇒ http://itijikurin.blog65.fc2.com/ )

彼女は、

それぞれに障害を持つ子どもたちとのふれあいの中で、
それぞれがもっている素晴らしい性質や力に出会い、

人間を支えている、見えないけれど大きな力、である、
生かされている“いのち”、の尊さを教えられ、

子どもたちとの約束を背負って、それを世界中に広める、
という自身の使命を自覚された、という。

生まれたばかりの時、
着ていたピンクの産着が肌に当たって痛かった、
と、赤ん坊の時の記憶をもつ子どものこと。

先生に見守られながら、運動場一面に、
もくもくとひたすら、石並べをする子どものこと。

偶然、屋上からそれを見た、別の先生が驚く。
それが、寸分の狂いもない、正方形だったから。

かっこちゃんの紹介による、こうしたエピソードの数々は、
まさにサブタイトルの通り、本当のことだから、なのである。

そして。

こうした子どもたちに気づかされた、本当のことを、
考古学者、科学者、医師との交流を通して、彼女は、
はっきりと確信を持つことができた、のだ。

つまり。

病気や障害には必ず意味があり、
人間はもちろん、すべてのコトやモノは必要があって存在していること、

その、かけがえのない、1つ1つの“いのち”は、
それらを生かす大きな力によって生かされている、
連鎖する“いのち”であること、

それに気づいたとき、
すべての“いのち”が奇跡であり、

その奇跡ともいうべき事実に、
止めどのない感謝と喜びがあふれてくる、のだ。

それが、
かっこちゃんが伝えたい、本当のこと、なのだと思った。

ちなみに。
タイトルにある1/4とは、あるDNAのことである。

映画のクライマックスでもある、その意味を知ったとき、
私の心は、震えた。

これから観られる方のために、ここでは触れないけれど。

この気持ちこそ、ユニバーサル社会の入口、と思った。
そしてそれを、何としても実現せねば、と、心に誓った。

貴重なひとときをご紹介頂いた、NPO法人ユニバーサルクリエートの
佐伯代表に、心より感謝申し上げたい。

��写真は、上映会に先立ち挨拶をされる、中村時広・松山市長。)


2008-06-21

常在戦場、の始まりに思う

午後、公明党・中予議員総会に出席。

この日は、閉会したばかりの国会から、
山本ひろし参院議員が駆けつけられた。

こんにちは!

あいにくの雨も何のその、
いつもながらの元気いっぱいに、軽く、驚く。

実は私、山本参院議員のブログを毎日欠かさず拝見しているのだが、
��ご参照URL⇒ http://www.yamamoto-hiroshi.com/ )

よくこれだけの政務を毎日こなせるものだ、
と、感心し、敬服し、そしてつくづく、驚かされる、のである。

何しろ、私などとはケタ違いの大変さ、なのだ。

動く距離も、出席する会合の数も規模も、出会う人の数も、
所管する事案の、幅も深さも大きさも、与える影響の大きさも。

体力がなければ国会議員は務まらない、とよくいわれるが、
どんだけぇ、である。

へぇ、と思われた方には、ぜひ、
山本ひろし参院議員のホームページをご参照頂きたい、と思う。

その一方で。

どこを探しても、何をしてんだかさっぱりわからない、
という国会議員も、いる。

税金ドロボー、といわれる人たちである。

身を粉にして働く人と、そうでない人と、
はたして、同じ歳費であっていいのか、である。

民間では。
個人の収入は、その能力と努力の成果に応じる、のである。

国会議員の定数と歳費を減らせ、との草の根の庶民の声に、
私はもう1つ、成果を競って成果に応じよ、とつけ加えたい。

さて、議員総会、である。

いよいよ国会も閉幕し、常在戦場、の空気がじわり広がってきた。
今後の活動の焦点は、いよいよ、次の衆院選、である。

その勝利に向けて、種々の打合せを行なった。

が、そのポイントは、どこまでいっても、
原点に立ち、基本に徹する、であったろう。

公明党の議員としての基本活動に徹し、
そして、自身に与えられた使命をそれぞれ誠実に果たしていくこと、だ。

議員総会に参加してあらためて、しっかりと、刻ませて頂いた。

そして、山本ひろし参院議員との懇談会。

まず、山本参院議員より、
今国会における公明党の取り組みと成果、
について報告があった。

1つ1つのエピソードとともに、
ご苦労の様子が伝わってきた。

今後、草の根対話で、街頭遊説で、
しっかりと皆様にお訴えしてまいりたい。

その後、各議員から、

この間承った国に対する庶民の要望が、山本参院議員に次々寄せられ、
実に熱気あふれる懇談会となった。

私も、とは思ったが、
どう考えても時間の間尺にあわないため、

あらかじめ作成したレポートと所感を、
終了後にお渡しすることにした。

庶民の皆様の声をまとめたレポートは、13ページ。

月末まで対話集会が続くため、
あくまで暫定版だが、実に、重いのである。

山本ひろし参院議員とは、
完成版をもってあらためてじっくりと、と思う。
が、それは内輪話。

話を戻すと、次の衆院選、である。
言葉をかえると、民意を問う戦い、である。

翻って、この間。

私は1人の公明党議員として、どれほど民意をお伺いしただろう。
そしてその中で、私が肌身をもって感じたものは何だったか。

それは、
政治に対する、怒りと、不満と、不安と、不信、であり、

程度の差はあれ、そうした気持ちを抱かない人は1人もいない、
ということである。

つまり、裏返せば、次の衆院選は、

そうした民意を反映した政治への改革を、
どこが、真剣に、果敢に、取り組んでいるのか、
が試されるのであり、

そして、
どこが、何を、どれだけ、成果として実現するのか、
が問われるのである。

政党であれ、個人であれ、そこの、競争だ。

私たち公明党も、負けるわけにはいかない、のである。

議員総会を終えて。

今まで以上に、現場主義に徹し、
ネットワークをフル稼働させながら、

私自身、目の前のお1人に全力でお応えする戦いを、
との決意が込み上げてきた。

��写真は公明党・中予議員総会風景。)


2008-06-20

複雑な、食の、連立方程式

午前、県民相談。午後、党務。
夜、支援団体会合参加。

につき、今日は、食料自給率について。

今週の日経ビジネスの特集に、
何とも深く、
考えさせられてしまったからである。

ご承知の通り、
わが国の食料自給率は、

カロリーベースで39%(2006年度農水省調べ)、となった。

これは50年前に比べて、ほぼ半減、
の深刻なレベルである。

ちなみに、2006年時点で、同自給率が100%を超えているのは、
アメリカ、フランス、カナダ、オーストラリア、の4カ国。

オーストラリアにいたっては、なんと237%、である。

んっ?

100%を超えるって、どういう意味?
237%って、どういうこと?

頭の中をうずまく謎を調べて、みた。

同指標は、国民が消費する食料を、全部カロリー換算して、
それをどのくらい自国で賄えているか、という目安であり、

数値は、その余裕の大きさを表す、といえそうだ。

でも、
なんでカロリーなんだろう?

それって、栄養価を表すエネルギーの単位だけど、
これは作る作物、獲れる水産物などによっても違うなぁ、

と、さらに調べていくと、
食料自給率にもいろいろあることがわかった。

例えば。

わが国の食料自給率を生産額ベースでみると、2006年度で68%。
これだと、50年前の約20%減、である。

また、米・麦・大麦・裸麦などの主食用穀物の自給率でみると、
2006年度は約60%、50年前の約25%減、となる。

その他様々な自給率指標があるが、
いずれも着実に減少している、

もしくは、外国への依存が確実に高まっている、
ということはいえそうだ。

一方、意外だったのは。
というか、単に私が浅学だったのだが。

例えば、鶏肉の品目自給率は96%だが、
トウモロコシなど、鶏を育てるための飼料の国内自給率は、9.7%。

したがって、鶏肉のカロリーベースでの自給率は、
96% × 9.7% = 約9%。

96%と、ほとんど自国で育てているにもかかわらず、
カロリーベースだと、わずか9%になるのである。

食料自給率は、正しく読み解かねばならない、と思った。

もう1つ。
食べ残しの、食品生ゴミ。

野菜をむいた皮とか、魚の骨などの、いわゆる、調理くず、ではなく。
純粋なる食べ残し、飲み残し、である。

この食品生ゴミを、カロリーベースに換算すると、なんと35%。

ということは、わが国のカロリーベースでの食料自給率は、
食べ残しをなくせば、39%+35% = 74%、ということになる。

驚きは、それだけではない。
その食品生ゴミを金額換算すると、約11兆円、だそうだ。

これは、国内の農水産業の年間生産額とほぼ同じ、であり、
換言すると、
国内で作った農作物をそのまま捨てている、ということになる。

さらにこれは、
世界の食糧援助量の約3倍に相当(2004農水省「食料需給表」)、
ということらしい。

食べ残しをしない、

それだけで、カロリーベース食料自給率は上がり、
世界の多くの人々と国々を救える、のだ。しかも、簡単に。

食料自給率は、消費する私たちを映す鏡でもある、と思った。

この間、県民の皆様との対話の中で多く寄せられた、
食の危機に関するご要望の数々を思うと。

食料自給率から見えてくるものの大きさを、痛感する。

農業を始めとする第一次産業の復興と担い手問題、
限界集落化する農村問題、少子高齢化問題、

安心・安全に不信が広がる食品問題、消費者問題、
食料生ゴミの処理・再生を始めとした環境問題、

今、注目されているFTAやEPAなどの貿易問題、
輸入・生産・流通・消費の全プロセスに絡む、エネルギー問題。

すべてが密接につながる、複雑な連立方程式、だ。
が、残念ながら、答は、霞が関にも永田町にも、ない。

ないなら創る覚悟で。

これを、皆様とともに解いてまいりたい、
と、記事を読みながら真剣に、思った。

��写真は、日経ビジネス2008.6.16号。)


2008-06-19

そういう時代に生まれ合わせた、私たちの権利

午後、県民相談。
夜、支持者会合にてご挨拶。

今日は、昨日の、
樋口恵子さんの講演の中でも話題となった、

社会保障国民会議(座長:吉川洋東大大学院教授)、
について触れたい。


樋口さんは、そのメンバーの1人であられるのだが、本日午前、
とりまとめた中間報告を、福田総理に提出するという話であった。

早速、内閣官房のホームページをチェックしてみた。
本ブログをご覧の皆様にも、ぜひご高覧頂きたい、と思う。

��ご参照URL⇒ http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/chukan.html )


ちなみに。
3つの分科会の中間取りまとめと合わせると、約100ページ。

骨は折れるが、骨を惜しんではいけない大事、ではある。

さて、その中間報告。

年金・医療・介護・福祉・少子化対策など、今後の社会保障のあり方について、
従来の抑制強化から、機能強化に重点を置く必要を説いている。

その通り、である。

わが国の少子高齢化は、かつてない短期間で急速に進行している。
それはまた、どの国も経験したことのない、世界初の未踏領域である。

前例は、ない。
世界に先駆けて日本がチャレンジを課された課題、だ。

そうした中、従来方式で、何をどのようにシュミレーションしても、
給付を受ける高齢者の増加を、負担を担う現役世代が支えきれない、


との懸念から、

今まで、制度をいかに財政的に持続可能なものにするか、
を最重要課題として、改革を進めてきたことはご案内の通りである。

しかし、一連の改革は、国の財政難に対処するため、
給付抑制や負担の増大などの手法が中心であった。

こうした、改革の負の側面に対して、同会議は、はっきりと。

必要なサービスを保障し、国民の安心と安全を確保することを、
今後の改革の基本方針に位置づけるべし、と冒頭で言い切っている。

その通り、だ。
この間、私たち公明党が集めた多くの庶民の皆様の声と、一致する。

中間報告は、そうした基本視点に基づき、
各分野ごとの改革の具体的な方向性と課題を示している。

実行プランにまでブレイクダウンされていないのが、
ちょっと物足りない気もするが、

中間とりまとめだからやむなし、であろう。

今後、9月の最終報告取りまとめに向けて、
同会議の議論の進捗を注視してまいりたい。

ともあれ、この、これからの社会保障制度。
取りも直さず、国民の最重要関心事項と言って過言ではない。

であれば。
声を上げる、ということをぜひ皆様にお願いしたい、と思う。

私自身に、私たち公明党に、
そして、社会保障国民会議に直接メールで。
��ご参照URL⇒ http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/goiken.html )

政治参加は、都度の選挙のときだけ、では決してなく。

何気ない日常の対話も、1本のメールも、立派な政治参加である、
ということを確信してやまないから。

1人の声は無視できても、
百人、千人、万人と押し寄せる声にはいかなる権力も抗えない、と確信するから。

そういうことがしたくてもできなかった、或いは、できてもしなかった時代から、
そういうことが普通にできる時代に生まれ合わせた、私たちの権利として。

大いに行使していきたいし、声を大にして呼びかけたい、と思う。

��写真は、中間報告資料約100ページの内の、1ページ。)


2008-06-18

樋口恵子さんと男女共同参画社会、のこと

午後、県民文化会館にて開催された
男女共同参画社会づくり推進県民大会、に参加した。

今日は、その基調講演から。

講師は、テレビでもおなじみ、
評論家であり東京家政大学名誉教授の、樋口恵子さん。

その他にも肩書きいくつもの、あの、樋口さんである。

演題は、「これからの女と男のいい関係」。
ということだったが、実に深イイ話であった。

樋口さんによると。

明治維新、第二次大戦敗戦に次いで、
近代日本の3つめのターニングポイントとなる、

それくらい大きな、しかし静かなる革命が、
今、私たちの身の回りで、進行形で起きている、のである。

その革命とは、ズバリ、
男女共同参画社会の実現、であり、

未だ道のり半ばながら、何としてもそれを成就させよう、
というのが、講演メッセージの核心であった。

と、簡単にまとめてはいけないのである。

革命?
身の回りのどこで?
どんな?

そう、樋口さんは講演のプロなのである。

強烈なツカミの後は、アドリブを交えて、
軽妙にして痛快無比の、樋口ワールド。

いわく。
過去2回のターニングポイントと今回の違いは、3つ。

過去はいずれも、外圧がきっかけだったが、
今回は、いわば、内発であること。

そして、過去はいずれも、血を流したが、
今回は、血は流れていないこと。

だから、静か。

また、過去は、1867年、1945年、何月何日と日付を打てたが、
今回は、ここ10数年に横たわるため、日付が打てない。

だから、進行形。

その基点は、1995年の阪神大震災。

国民が初めて、そして本気で、国にお任せではダメだ、
と思ったあの瞬間から、

人々の心の中に、誰に頼らずとも自分たちで、という、
真の自立が芽生え始めたのではないか、という。

そして、地元の方々とともに澎湃と立ち上がった、
全国各地のボランティアとの共同によって、
その後の復興がなされたのはご承知の通りだが、

それまで、ボランティアという概念はほとんどなかった、
のだそうだ。

新たな概念は、新たな行動を生む。

その機運は、1998年にNPO法を成立させる。

官が民をパートナーとして認めたことにより、これで、
それまでの官尊民卑から、官民共同・対等という、新たな概念ができた。

また、1999年には、改正男女雇用機会均等法ができ、
いわゆる男尊女卑から男女共同へと、一気に概念変化が起きた。

そして、2000年の地方分権一括法では、
いわゆる国と地方の関係を、上下・主従ではなく、対等・協力に転換した。

こうした一連の、コペルニクス的転回ともいうべき概念変化を指して、
過去2回に匹敵するほど大きな革命、というのである。

むむむ、なるほど。
この10数年の身の回りを、そういう角度から考えたこともなかった。

そして、大事なポイントは、それが進行形であるということ。
まだ、道半ばなのである。

めざすべきゴールは、男女共同参画社会の実現。

そのキーワードは多様性、
であるとし、実現すべきは。

男女がそれぞれ、
個人の自立と個性を発揮しながら、

意思と能力の総和によって、
支えあい、助け合い、分かち合う、力強い社会、
ということであった。

すばらしい示唆を得た。
ともにゴールをめざしてまいりたい、と思った。

そして、何より。

とても私より32歳も年上には見えない樋口さんの、
体験に基づく、魅力的で貴重なお話に触れられたことに、
心から感謝したいと思う。

��写真は、樋口恵子さんの講演風景。)


2008-06-17

大洲での対話集会の帰り道、の突然

終日、
県民相談と部局交渉と来客対応。

ブログにしにくい日は、
ということで、昨日の続きを綴りたい。

夜、伊予の小京都・大洲市にて、
支持者の対話集会に参加させて頂いた。

週初め、仕事始めのお忙しい中を多数お集まりくださり、
あらためて皆様に、感謝を申し上げたい。

公明党に対して皆様から頂く様々な思いを、
この日も細大漏らさず、真摯に受けとめ、
率直な意見交換をさせて頂いた。

私はこれまで、東・中予の各地域をお伺いしたが、
南予は、今回初めてであった。

やはり、南予には南予固有の要望が、ある。
痛感、した。

特に、道路建設。

真に必要な道路かどうか、つまり、有用とムダの線引きは、
県内であっても、東予と南予では、相当な温度差がある。

いくら最新需要に基づくB/Cをもってしても、
その感情の差は埋まらないのではないか。

いわんや国においてをや、と思う。

論外を別にすると、
必要、もしくはムダを定義することは、ことほどさように難しい。

が、そこを突破しないといけない。
そのための知恵と力をつけてまいりたい、と決意した。

次から次のご意見が続き、
あっという間の1時間が、過ぎた。

お1人お1人をお見送りしながら、
受けとめた思いが熱い内にレポートを書かなければ、と思った。

そして、車に乗り込み、家路につこうとした時、
突然、1人の先輩の顔が、浮かんだ。

あっ、チンさん。

チンさんこと武知さんは、香川大学軽音楽部の先輩で、
��HAKE!という、当時ブイブイいわせた有名なバンドの、ボーカル。

��&Bをこよなく愛する、魅力的なソウルマン、であり、
それ以上のことはとても書けないが、私の最も大好きな先輩であった。

あった、といって、今も、健在だが。
その武知さんの出身地が、ここ大洲市なのであった。

チンさん、ここで育ったんや。

と思ったとたん、頭の中で音楽が鳴り出した。
ザ・ブルース・ブラザースの「ゴーイング・バック・トゥ・マイアミ」、だ。

そこから先は、歌は世につれ、世は歌につれ。

歌につられて、急に元気になってしまったそのテンションで、家内に、
今から帰りますコールをしたが、適当にあしらわれてしまった。

チンさんのせいである。
そして青春は、バンザイ、である。

��写真は、26年前の香川大学軽音楽部ご一行。
手前右から2人目がチンさんで、その隣が私。)


2008-06-16

地球にECOしょ♪と、低炭素革命

午後、
県民文化会館にて開催された、

愛媛県地球温暖化防止
県民運動推進会議設立総会、

及び、
地球温暖化防止シンポジウム、に参加した。

いつもながら、で行政にはありがち、だが。


今どきのワカモノ風に言うと、
総会タイトル、長くね?、だ。

タイトルで、脳内が温暖化してはいけないのである。

その点、
地球にECOしょ、えーことしょ♪とは、さすが民放テレビ局。

最近よく、うちの子供たちも口ずさんでいるが、
子どもの口の端に上らせるというのは、高度な広告戦略であって。

今日の総会も、地球にECOしょ!えひめ会議、くらいでどうだろう。
と綴っている間に、前置き長くね?といわれそうだ。

さて。

総会は、同推進会議の会長である加戸知事による、
本年を元年とした地球温暖化防止に向けた県民運動を、全県一体となって取り組む、
との力強い決意の披瀝に始まり、

えひめ消費生活センター友の会の窪田会長による、
地球温暖化防止県民運動開始宣言の朗読で、閉会された。

続くシンポジウムは、
国立環境研究所特別客員研究員の西岡秀三氏の基調講演、

県下の、産業・運輸・民生・行政部門の各パネリストによる、
パネルディスカッション、の順で行なわれた。

それぞれに興味深かったが、
ふと、先日の福田総理の記者会見を思い出した。

��ご参照⇒ http://www.kantei.go.jp/jp/hukudaspeech/2008/06/09speech.html )

いわゆる、低炭素革命である。

それは、日本がリーダーシップを発揮し、
脱化石エネルギー社会実現を国際合意とした、

イノベーションによるエネルギー革新によって、
2050年を目標に、世界全体のCO2排出量を現在の半分に抑える、
というビジョン。

なかなか壮大、である。
それだけに、道のりの険しさを、覚悟してかからなければならない。

2005年時点の、
世界の全CO2排出量に占める国別シェアは、
日本4%に対し、中国19%、アメリカ21%。

実に、中国とアメリカで、世界の40%を占めている。

また、京都議定書批准による削減義務の有無別でみると、
義務がある国の排出量合計は29%、ない国が71%。

世界の7割は、まだ削減義務を負っていないのである。
つまり。

世界はまだ、
低炭素革命のスタートの位置につけていないのである。

その意味で、
洞爺湖サミットは、決定的に重要だ。

日本が、
低炭素革命のリーダーシップをとるために大事なことは、

脱化石エネルギー社会実現への国際合意を、
技術論を含めてどのように取りつけるか、

そして、CO2排出大国である中国・アメリカの2国を、
どのように説得し、巻き込むか、であろう。

すべからく、低炭素革命は、
できるか、ではなく、するのだ、と決意したい。

愛媛の取組みから世界の取り組みになってしまったが、さて。
総理の記者会見は、最後に、こうある。

“200年以上前につくられたイギリスのアイアンブリッジが、
現代の世界遺産として、
「産業革命」という先祖たちの成功を今に伝えているように、

200年後の将来の子孫たちが、我々の努力を
「低炭素革命」として、誇らしく振り返れるようなものに
していかなければならない。”

その通り、なのである。

��写真は、加戸知事はじめ、会場が一体となって、エコ体操、のシーン。)


2008-06-15

タバコ増税は是か非か、の前に

午前、夜と、市内にて、
壮年支持者の対話集会に参加させて頂いた。

あいにくの雨天にも関わらず、
また日曜日にも関わらず、

たくさんの皆様にご参集頂き、
心より御礼申し上げたい。

今日も、1つのご意見も漏らさぬよう。

手を動かしながら書きとめ、
脳に汗をかきながら、
忌憚なく、意見を交換させて頂いた。

やはり、いずれの地域であっても、
政治に対する庶民の感じ方は一緒だな、と思う。

官僚の不正とムダを廃し、その堕落を改善せよ。
国会議員は自ら身を削り、定数を削減し、特権を廃止せよ。

そして、それを公明党がリードせよ、である。

しっかりと重く、受けとめさせて頂いた。
国につなぎ、県下で連携して取り組んでまいりたい。

その中で、
今までの対話集会で出なかった話題があった。

タバコ税の増税について、である。

ご承知の通り、この間、降って沸いたように、
マスコミで報道され始めた、この話題。

参加者の意見が、割れた。

まず、口火を切られたのは、増税反対の方々。

タバコは嗜好品であり、吸う吸わないは個人の自由。
他人に迷惑をかけない限り、吸う自由はあっていいはずだ。

たしかに、喫煙者は、すっかり世の中の少数派になったが、
少数派が反対の声を上げても所詮少数派、ともいうべき、
取りやすいところから取る、という安易な発想に腹が立つ。

1箱1,000円となると、
庶民にはなかなか手が出ないことは、わかっているはずだ。

私たちには、
それでも吸いたいなら、生活を切り詰めてでも吸え、
もしくは、貧乏人は吸うな、というメッセージにしか映らない。

それこそ、弱者切捨てではないか。

一方、増税賛成の方々は。

いくら喫煙スペースを作り、分煙を強化しても、
マナーを弁えず、他人に迷惑をかける喫煙者は減らない。

医学的にも。

周囲はもちろん、喫煙者本人のためにもならないタバコは、
この際、国がはっきりと、NO!、と打ち出すべきだ。

例えば、1箱5,000円くらいにすると、大いに禁煙が進む。

そうすると、肺がん患者も減り、医療費も抑制できるし、
タバコ税を禁煙治療の財源に当てれば、一石二鳥だ。

などなど、思いのほか、白熱の論議となった。

さて。

タバコ増税の是非はちょっと置いて、
今回の話題の出発点に戻りたい。

その基点は、そもそも、税財源不足という前提条件があって、
その中で、増大する社会保障費の財源をどうするか、であった。

で、一足飛びに、タバコ税増税は上記財源に資するか、
ということにどうもなっているのだが、待てよ、と思う。

その、ずっとずっと前に、すべきことは、
前提条件の見直しではないか。

行政のムダをなくし、人員削減を図り、改善と効率化を図った上で、
それでもこれ以上歳出カットもできず、財源も捻出できません、
ということを、国は、国民の皆様にしっかりと、示すことであろう。

参加者によると、その努力が一向に見えてこない、のである。

政治家は、国会議員の定数削減を、なぜ言わないのか。
小さな政府を掲げながら、なぜ公務員をもっと削減しないのか、等など。

要は、政治家も官僚も。

自ら身を削り、自らの痛みを伴った改革を行なわない限り、
国民に負担増を言うな、である。

タバコ税の増税からタバコの是非に議論が移っても、
最後は結局、そこに落ち着くのだ。

それが庶民の声であり、そして正論、なのである。

庶民の求める政治を、今日も、
五感か六感かは知らず、身をもって覚えさせて頂いた。

皆様に、感謝が、尽きない。
自身、実践あるのみ、だ。


2008-06-14

議員の仕事の質、を考える

昨日、一昨日に続いて、本日も、
市内の支持者座談会に参加させて頂いた。

それぞれに温かく、懐かしいひとときであり。
お招きを頂き、あらためて感謝を申し上げたい。

そういやぁ、とAさんから。

木村さん、議員になってもう何年になるかの?
いえいえ、まだ1年過ぎたばかりです。

ほやったかいの、だいぶ経ったような気がするの。
ほんまですね、そういわれたら、そんな気がします。

なるほど、ここ1年に限っては、
月日の長さに対するピントが、何だかぼんやり、だ。


また、Bさんからは。
毎日、大変ですね、お忙しそうですね、と。

ありがとうございます、とお答えするものの、
これには非常にドキッ、としたりも、する。

はたして毎日、大変で忙しいだろうか?

それは何で量り、どのように示せるだろう、と考えると、
お答えするのが何だかとても難しい問いだからである。

はたして、議員の仕事って。

��さんのお話はその時間の面から、
��さんのお話はその質の面から、それぞれ考えさせられた。

そして奇しくも、どんな仕事であれ、時間×質で表され、
イコール成果、つまりアウトプット、で示されるのだ、と思った。

それでいうと、どうなるだろう。

確かに、議員の仕事は、
ルーティンの時間的制約は大きくないように、思う。

少なくとも、私の場合は、
民間企業に勤めていた時代のほうが制約時間は長かった。

が、そもそも議員の仕事は、ルーティンになじまない、のである。

それは例えば、レスキュー隊のようなものであり、
ひとたび連絡があれば、そのときが仕事、なのである。

結果的に、土日祝祭日も、退社時間さえ、ないといえば、ない。

そういう観点からいうと、
私も、民間時代よりはるかに長い時間を費やしていることになる。

で、問題は、仕事の質。クオリティ、だ。

企業であれば、利益に対する貢献、であろう。
それは、数値化を含めて、見える化ができる。

一方、議員の仕事の質は、というと。

私は、県民の皆様の、生活満足度への貢献、と思っているが、
これって見える化は可能だろうか、とふと悩んでしまうのである。

あるいは、
今までそういう検証はなされただろうか、と疑問に思うのである。

しかしながら。
これからは間違いなく、いや、すでに。

議員としての仕事、の質を競う時代に入っているし、
アウトプットが問われる時代に入った、と思うのだ。

生き残りをかけた、というより私自身の存在証明をかけた、
そんな仕事にしていかなければならない、と強く思った。

座談会での、何気ない会話から、考えたこと。
それは、私の、新たな決意、である。

��仕事といえば手帳。写真は、愛用している、手帳は高橋、の手帳。)


2008-06-13

改革の出発点と目的地、を考える

朝から、問合せの電話が続いている。

県教育委員会が昨日発表した、
県立学校の再編整備計画案、についてである。

いわゆる、県立高校と特別支援学校に関する、
来年度から5年間の、統廃合方針案ということになる。

��ご参照URL⇒ http://www.pref.ehime.jp/k70400/1188613_2285.html )

昨日来、新聞各紙は、地元紙・中央紙とも、
本件について大きく紙面を割いて報じているが、

お電話を頂いたのは、まさに、
存続の危ぶみを報じられた学校地域の方々からであった。

不安の色を隠せない、というご心情がひしひしと伝わってきた。

今議会でも、おそらく多くの議員が、この問題を取り上げるであろうし、
また、私が所属する文教警察委員会でも、メインテーマになるはずだ。

同計画案は、学校・PTA・経済界・市町関係者、学識経験者からなる、
検討委員会の答申に基づいている。

それによると、まず、県立学校については、
生徒数の減少・生徒の多様化・市町村合併の進行・県財政難、
という取り巻く環境の変化による再編、ということである。

様々な角度での論議が必要だが、
最大のポイントは、生徒数の減少ということに尽きよう。

本県の中学校卒業者数を見ると、10年前に比べて、約42%減。
人数でいうと、25,279人から14,542人へ、実に10,777人減、となる。

あまりにも急速で、加速する少子化、という現実の前に。

学校・クラス数とも明らかに供給過多、というのは事実であろう。
そして、もう1つ、それは過疎地域に顕著に現れる、という事実。

ここが、今回の再編整備計画案のコアであり、出発点のように感じる。

それはそれで理解できるのだが、
何だかもう1つ腑に落ちない。

今回の出発点はそこではなく、
やはり現場であり当事者であるべきではないか、という違和感だ。

先ほど、少子化が顕著、
といった島嶼部地域であれ、中山間地域であれ。

その地域の方々は、
あるいはそれぞれの高校生本人は、

もっというと、
これから高校生になる地元の子どもたちは、

急激な少子化による環境変化の中で、
今回の計画案をどのように感じ、何をどのように要望されるのか。

今のところ、ここが見えてこない。

おそらく地域によっても、個々人によっても、温度差があるだろうし、
高校教育に求めるものによっても、その判断は異なってくるであろう。

現場が抱える、その微妙の理解から出発しないと、
現在と未来の当事者である、子どもの心と権利から出発しないと、

取り返しのつかない事態になりかねない、そんな思いを強くしている。

特別支援学校については、
昨年4月施行の改正学校教育法の指針に基づいての再編、

ということであり、

特に、焦点となっていた盲・聾学校の移転統合計画については、
ひとまず、この期間での見送りは決定したが、
今後については、県立学校と同様の感を覚える。

環境の激変に対応するためには、
民も官も構造改革が必要だが、

その取り組みの出発点と目的地は、
同一であり、唯一でなければならない、

それは、

民の場合はお客様、
官の場合はそこに暮らす生活者、であろう。

そのきわめて当たり前の大事を肝に銘じ、
しっかりと取り組んでまいりたい、と思う。

��写真は、議事堂から見える松山城二の丸上り口。)


2008-06-12

時間を引き延ばすもの、との戦い

午後、市内にて。

愛媛拉致議連総会及び記念講演が開催され、
私も、同議員連盟の末席として参加させて頂いた。

本総会は、
1年間の議連活動の総括会合であるとともに、

来月、松山市にて開催される、
��拉致被害者を救出するぞ!国民大集会 IN 愛媛」
への、キックオフミーティングであった。

特に、記念講演。

“北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会”
��通称:救う会)の会長であられる佐藤勝巳氏のお話は、
実に貴重で、深い示唆に富む内容であった。

佐藤会長は、新潟県出身の社会活動家で、
約50年にわたって北朝鮮の研究に携わってこられた方である。

ご本人の弁によると、
かの国の本質を最も理解する日本人2人の内の1人、とのこと。

そんな佐藤会長の、信念と確信に基づいたお話は、
おそらく聴衆の心を大きく揺さぶるものであったろう。

ヘビーワードの、言言句句も。

そのみなぎる確信により、強力な説得力となって、
聴き手の私たちの心に迫り、腑に落ちてくるのである。

いわく。

かの国への外交スタンスとして、
対話路線での成功例はかつてない、と。

日本は95年の橋本内閣以来、
140万トンの米の援助を行なってきたが、

残念ながら、その人道支援の見返りは、
ミサイルと核実験、という非人道的メッセージであった、と。

そして。

拉致問題に関しては、圧力を持って臨む以外ない、と結論づけられ、
その理解の輪を広げることが肝要、と訴えられた。

折りしもちょうど同じ時間、
北京で日朝外務省実務者公式協議が開催されていた。

講演の最中にも、いつ朗報が飛び込むかと期待しながら。

救う会が最も信頼を寄せる斎木アジア・大洋州局長が、
拉致問題解決の進展を勝ち取ることを心待ちにしながら。

そして、約50分の講演は、終了した。
日朝協議の結果は、固唾を呑んで、今晩のニュースを待ちたい。

散会後。

拉致問題を、このまま終わらせるわけにはいかない、
と、あらためて憤りが込み上げてきた。

ご家族のご心情を考えるほどに、残された時間との戦い、
時間を引き延ばすものとの戦い、であることを理解した。

そのためにも。

来る7/6(日)13:30から松山市民会館にて開催される、
��拉致被害者を救出するぞ!国民大集会 in 愛媛」を、
何としても成功させるぞ、と、強く深く思うのであった。


��S.本ブログをご覧の皆様へ

当事者の痛みと苦しみに寄り添ったとき、
人は、心の中で、何かが変わると思います。

その小さな変化がお互いに共振し、
増幅したとき生まれる、新しい何か。

その何かが、拉致問題を大きく前進させる、
ということを、

ちょっとおこがましい言い方ですが、私は信じています。

当日は、ぜひお誘い合わせの上、ご来場賜りますよう、
この場をお借りして、心よりお願い申し上げます。


2008-06-11

まもなく6月議会、あれから1年

午後、部局より
6月議会への提出議案説明があった。

予算事情をくっきりと反映して、そのほとんどが、
国の法律改正に伴う条例改正と専決処分の承認・報告、であった。

とすると。

県政チェック機能としての、今議会の質問戦は、
各会派・議員諸氏が、どの分野にどのように踏み込むか、


そして、各種委員会では、
議員個々人が、所管事項の何を取り上げ、どう切り込むか、

まさに、日頃の政務活動の視点と中身が問われそうで、
大いに注目したい。

今回は残念ながら、私は質問に立たないが、
その分、常任・特別委員会に注力して臨みたい、と思う。

思えば、1年前の6月議会。
私にとって、当選後初めて経験する、定例議会であった。

そして、いきなり、一般質問の機会を頂いたわけだが、
当時のブログには、戸惑いがありありと綴られている。

“当日、寝坊をして、遅刻したらどうしよう。
制限時間をオーバーして止められたら、どうしよう。

野次に翻弄されたら、どうしよう。
手元原稿を控室に忘れたら、どうしよう。”

頭のてっぺんからつま先まで全部、どうしよう、だらけ。
どうしようもない恥ずかしさと、懐かしさではある。

そうした洗礼を受けながら、
まもなく2回目の、6月議会を迎える。

そう、ここから議員としての2年目が始まるのだ。

新人であることに変わりはないが、
成果も変わりない、はNGであろう。

1年目より、1つでも2つでも多く。

県民の皆様に評価頂ける、確かなる成果を、
しっかりと積み上げてまいりたい、と思う。

そのためにも日々の政務活動に、緊張感と、
きちんとした角度を持って、取り組んでまいりたい。

��写真は、昨年6月議会の初登壇風景。緊張してます。頬がこけてます。)


2008-06-10

ワークライフバランス、を考える

「論争 日本のワーク・ライフ・バランス」、
��日本経済新聞出版社刊)、を読んだ。

同著は、昨年8月に開催されたシンポジウム
��ワーク・ライフ・バランスと男女共同参画」、の誌上再現企画で、

大学教授、シンクタンク専門員など10人近い専門家が登場し、
各テーマごとに、かなり熱いセッションを行なっている。

さて、この、ワークライフバランス、という言葉。
なんとなく一気に、市民権を得つつある感がある。

言うまでもなく、それは、
ワークとライフをバランスさせよう、という考え方と取り組みを指し、

これまでのワーク or ライフ、
つまり、子育てを含めた、家庭を取るか仕事を取るか、

といった択一の時代から、
多様な選択が可能な時代をめざすものである。

知見の乏しい私には、なるほど、がいっぱいであった。

少子化問題は、ワークライフバランスに起因し、
かつ密接に、男女共同参画の進捗とリンクする、のである。

男性もそうだが、特に、女性にとって。

家庭を取るか仕事を取るか、どちらかを選択せざるを得ない、
あるいは、

いったん家庭を取ったら、再びかつてのような仕事に就けない、
という体制では、

晩婚化・非婚化が必然的に生じ、
結果、少子化とならざるをえない。

とすると、これは明らかな社会問題なのだが、
今までの政府の取り組みは、どちらかというと、

このままでは、将来の労働力が確保できない、
といった経済的発想に基づくものが主であった。

そうではなくて、少子化対策は、

男女ともに、ライフ、すなわち、家庭とか私生活とか、
そこが多様に柔軟に選択できるしくみをどう作っていくか、

ということと、

そのためには、それを互いに認めあい、理解しあう心を、
社会を構成する1人1人と全体に、どのように広げていくか、

という、ヒューマニズムに基づかねばならない、
もっというと、

1人1人の子どもの人権を経済に優先させる、
チャイルドファースト社会の構築と表裏でもある、

と私は理解したが、この、ワークライフバランス。
考えるほどに、奥が深い。

もっと現場を知り、研鑽を積む必要性を、痛感するばかりであった。


2008-06-09

かけがえのないものへの、温かな眼差し

終日、県民相談。

部局をハシゴし、市内を回る中で、
かけがえのないもの、について考えさせられた。

100円の価値、の大きさ。
少数意見、の重さ。

生活価値の、大小軽重は、
決して杓子定規では計れない。


そんな当たり前を、
かけがえのないものへの温かな眼差しを、

政治は忘れてないだろうか。
世の中は失っていないだろうか。

綴るのもつらいが、
昨日、秋葉原でとんでもない事件が起きた。

人間の命は地球よりも重い、はずでなかったか。
慙愧に耐えないし、許せないし、悔しい。

被害者、ご家族、関係者の皆様に、
心よりご冥福をお祈りすると共に、決意したい。

悲劇を2度と繰り返させない社会になること、を。

これから、事件の原因究明が進んでいく中で、
社会的な誘引因子と課題が浮き彫りになっていくだろう。

教育のあり方、労働の価値不全、コミュニティの不在、
日常のバーチャル化、人間性の喪失、というふうに。

それらは取りも直さず、日本と日本人の将来にとって、
きわめて重要な政治課題である。

冒頭に戻るが。

100円玉1つ、1,000円札1枚で、圧迫感を感じ、
また、一喜一憂する生活者がいらっしゃる、ということ。

お会いすれば、それがどういうことか、
国会議員にも、官僚にも、肌身で伝わってこよう。

誤差のような小さなこと、ではない。
単に、経済的弱者のことでもない。

かけがえのないものへ、温かな眼差し。

何の議論よりも先に、政策決定の前に、政治家は、
自身の胸のうちに、その確かさを問わねばならない。

どこまでも、生活者が、起点。

そこから出発し、そこで考えたことを実行し、そこで感じる。
その繰り返しを、使命ある限り、自身に課してまいりたい。

��写真は、昭和46年発行の100円玉。37年間巡り巡って、今は、私のところ。)


2008-06-08

テレビの影響力、を考える

朝、自宅を出発した後、
この日は終日、今治デー。

支持者の皆様との対話集会に、
午後、夜と、参加させて頂いた。

今日は日曜日だから、
普通は予定を入れるはず、なところを、
実に多くの皆様が駆けつけてくださった。

その皆様に対して、
議員として与えられた仕事を、きっちりやりきろう。
そんな気持ちでいっぱいに、なる。

さて、まず昼の部。
ご意見の半分近くが、国のムダとモラルに関する批判であった。

そして、夜の部。
こちらはご意見の殆どが、公明党に対する厳しい叱咤であった。

そのいずれも、熱のこもった、本音のご心情である。
有難く、真正面から受けとめさせて頂いた。

連日の感想とダブらないように、
違った角度から考えてみると。

私は今週、3つの市で4つの対話集会に訪れたが、
対象は、いずれも中高年の壮年であった。

おそらく最も政治不信の強い層、と思われる、そうした方々に対する、
テレビの影響力の凄まじさを、あらためて思い知らされた気がした。

それが、いずれの会場でも感じた共通点。

そうした皆様から支持を頂くために、
私たちは、あるいは、これからの政治は。

間違いなく揺るぎなく、テレビの活用ということを、
広報の本質部分に戦略的に、組み込まなければならない。

広告ではなく広報、
コマーシャルではなくブランディング、である。

ともかく、そう思った。

それは、いわゆる、空中戦でもある。
苦手とか、パフォーマンスとか、言っている場合ではない。

そこが生活者と政治の、決定的タッチポイントなのだから。
彼らの視点で言うと、そこが主戦場なのだから。

それとは別に、個別的に大きなインパクトを受けたことがある。
愛媛公明党の課題として、真剣に取り組んでまいりたいと思う。

合計3時間で、約30問答。
ということは、1つの意見交換に約5分。

こうしてみると、かなり矢継ぎ早であり、
3時間があっという間、というのも頷ける。

一切終了後、皆様をお見送りし、そして、家路についた。
疲れてはいられない。

何ページにも書き連ねたメモを、
レポートに仕上げる仕事がまだ残っている。

��写真は、本日のレポート。)


2008-06-07

政治に対する、経済学の有効性について

連日の対話の間に、読んだ本。
「闘う経済学」(竹中平蔵氏 著)。

竹中氏といえば、
小泉内閣の経済財政政策の要であり、

悪く言う人にあっては、
格差社会を引き起こした市場原理主義者、である。

が、私は彼を、
きわめて優秀なエコノミストとして評価したいし、

一連の著作に目を通せば、
そういうレッテルを貼る勢力にウンザリ、の感を抱いてしまう。

で、同著だが。

彼が、小泉元総理に任用された時から、
その本分である経済学をもって、政治とどのように闘ってきたか、

というプレビューであった。

総括などとてもできないので、インデックスを紹介したい。

まず、ケインズ的常識との闘い。

ケインズ政策とは、
いわゆるマクロ経済学における、総需要管理政策のこと。

まず彼は、バブル崩壊後当時まで続いたこの常識と、闘った。

次に、増税論との闘い。
これは今、自民党清和政策研究会にしっかりと引き継がれている。

そして、金融危機との闘い。
いわゆる不良債権処理である。

バッシングの中、ほとんど力技、によって金融再生プログラムを実施し、
2002年時点で8.4%だった不良債権比率が、今では1%台となった。

続いて、失業との闘い。

言い換えれば、どのように産業を発展させるか、だが、
経済学的に結論すると、所得弾性値の高い産業にシフトする、となる。

が、これは、今も足踏み状況だ。

続いて、役人との闘い。

道州制・地方分権を志向する流れにあって、国・地方ともに、
総論賛成・各論反対で、それを許さない役人との闘いは壮絶、と。

続いての既得権との戦いは、いわゆる郵政民営化、である。
そういえば、竹中氏は郵政民営化担当大臣でもあった。

次に、抵抗勢力との闘い。

それまでの官主導から官邸主導の流れを作り、
経済財政諮問会議による骨太方針は、ここから始まった。

そして、千変万化の政治と闘い、権力と闘った、という同著は、
彼の5年間にわたる自叙伝であり、あらためて、

政治に対する経済学の有効性、を思い知らされた気がした。

これから国政を志す方には、
格好のルールブックでもあり、

私のように、経済学部出身ながらその自覚に乏しい方には、
あの頃の新鮮な気持ちが蘇る、若返りの書でもあろう。

ぜひ、皆様にご一読をおススメしたい、と思う。


2008-06-06

こんなこと議員の人に喋ったの初めて、に思う

夜、松山市内にて。

中予地区二輪車販売店協会様の通常総会に、
雲峰松山市議会議員とともに参加させて頂いた。

今のところ私はもっぱら四輪車で、二輪車に縁がないことを考えると、
こうしたご縁を頂けることは、実に不思議にして誠に有難い、のである。

お招きを頂いた上野会長様を始め、皆様に心より感謝申し上げたい。

考えてみると、私の二輪車愛用期間は、
小学校時代の自転車に始まり、大学時代の原付バイクでピリオド、である。

そういえば。

大学当時はまだ、原付にヘルメットは義務づけられていなかった。
今考えると、何だか恐ろしい気もするが。

で、経験がそこで止まっているからだろう、今でもたまに、
今度ヘルメット買わなきゃ、買わなきゃ、と、
恐る恐るノーヘルで原付を走らせる夢を見たりする、のである。

但し、あくまでも夢の中、だけれど。

さて、総会のこと。

先に述べた通り、そもそも、私には二輪車業界の知見が、ない。
なかった、というべきか。

しかしながら、ご縁を頂いてからこの間。

そこに業界の課題があること、
行政への切実な要望があること、

そして、

すべての経済活動は政治と切り離せないということを、
学ばせて頂いた思いがするのである。

道路行政、警察行政に、新たな視点を頂き、
あらためて感謝したい、と思う。

恐縮にもスピーチの機会を頂いた私は、
中小企業支援の立場からひとこと決意を述べさせて頂いた。

日本の全企業数の99.8%は中小企業であり、
その皆様の発展なくして、真の経済成長も財政再建もないのだから。

ここはチャンス、とばかり、
公明党の実績を少々PRさせて頂いた。

そして、引き続いての懇親会では。
様々な方から、今の政治に対するご意見をお聞かせ頂いた。

私にとっては連日の対話だが、
こんなこと議員の人に喋ったの初めて、という方が殆どであった。

ぞっと、した。
が、人は知らず。

使命ある限り、私はどれだけ対話ができるか、生かせるか。
自身への挑戦を、誓うのみである。


2008-06-05

地道、の延長線上にこそ

終日、県民相談。
夜は、支持者の皆様との対話集会にお伺いする。

なぁんだ、昨日と同じじゃん。
と、思われる方もいらっしゃるかもしれない。

でも違うんです、お相手も、中身も。

というわけで、今日の舞台は、伊予市である。

沈む夕日が立ち止まる町、で有名な双海地域。

日本一の中山栗、で有名な中山地域。

そして、
商業都市と農漁村の両面を併せ持つ伊予地域、
の内、本日お伺いしたのは伊予地域の下三谷。

支持者宅にて、日頃ご無沙汰をしている皆様と、
久しぶりの、懐かしい再会となった。

ひとしきり御礼のご挨拶を述べた後は、昨日同様、フリータイム。
皆様からのご意見は、引きも切らない。

やはり。
こちらでも、主な怒りの矛先は、政治家と官僚に向かう。

私たちの血税を何と思っているのか、と。
国民と未来に対してきちんと責任を果たせ、と。

そして。

そういう現状を打破するために、あるいは転換するために、
公明党は、もっと闘え、と。

おっしゃる通りです、とばかり私は、委細もらさずメモを取り、
語りながら、お1人お1人の表情とご心情を心に焼きつけた。

そして、私にできることを全部やりきろう、と心に誓った。

その他、お土地柄もあるであろう、昨日の松山市内とは異なり、
農業と農村の未来に対する不安が、いや増して多かった。

時間にして、約1時間。

それは、車だと、かなり遠くまで走れる長さだが、
白熱の対話となると、ほんのちょっとの長さ、だ。

また、昨日今日2日間、私が対話したその数は約100人だが、
全国ネットのテレビ番組で、アナがひとこと話せば何百万人だろう、

と考えると、焼け石に水のように、
小さく些細な2日間なのかもしれない。

が。

そうして承った皆様の声が、そして全国から集められた庶民の声が、
やがてこの国を大きく変えていくに違いない、

そしてそれは、
今日踏みしめた、地道、の延長上にこそある、と私は信じてやまない。

そんな気持ちで、皆様をお見送りし、散会となった。

あらためて。
お忙しいところをお集まり頂いた皆様に、感謝を申し上げたいのである。

��伊予市といえば夕日、といえば若松進一さん http://ameblo.jp/shin-1/ ですね。)


2008-06-04

宜しいですか?の声を皮切りに

終日、県民相談。
夜は、支持者の皆様との対話集会にお伺いする。

お忙しい中を、たくさんの方々にご参集頂き、
あらためて感謝を申し上げたい。

最初に、党本部作成の政策ビデオを上映した後、
対話集会の幕は切って落とされた。

今の政治に関すること、公明党に関することなど、
疑問も不満も不信も、すべて忌憚なくぶつけて頂く、

その1つ1つのご意見に対して。

お答えできる部分はお答えさせて頂き、
お預かりする部分は責任を持ってお預かりし、

国と地方の連携によって、政治に反映させていく、
というのが、本日の対話集会の目的、だ。

忌憚なくということだから、
前打ち合わせなしの、一問一答方式。

思わず、緊張で汗ばむ。
同時に。

議会質問も、一問一答のガチンコ式にすれば、
と、県議会を思い浮かべた。

さて。

宜しいですか?の声を皮切りに、
あちこちからご質問の手が挙がった。

そのほとんどが国に対する厳しいご指摘ばかりであり、
そのまま、公明党に対する叱咤激励でもあった。

1つ1つ真正面から、有難く受けとめさせて頂くとともに、
この声を必ず国政に反映させる基としなければならない、
と強く心に刻んだ。

それにしても、90分の時間は瞬く間、である。
時間を切らなければ、延々と深夜まで続くに違いない。

それほど積もる民意を、全国各地の民意を、確かに吸い上げ、
政策に反映し、実行し、また民意によって検証し。

そういう政治の実現を目指し、私たちは日々取り組んでいる。
そのことがやがて、政治全体で競われるような時代を拓くために。

道のりは遥かだが、今日も1歩踏み出せたかどうかを、
自身に確認する毎日でありたい、と思う。

��適当な写真がなく、イラストですみません。)


2008-06-03

透明化による、政治のイノベーション

午前、大洲市での弔問に出席。
午後、県民相談と党務打合せ。

活動について綴れない日は、読書ネタ、
というわけで、先週読んだ1冊。

��官僚国家の崩壊」。
著者は、自民党衆議院議員・中川秀直氏。

何かとその出版の思惑について、
マスコミで取りざたをされているようだが、ともあれ一読。

結論として、私が理解したのは。

明治以降、実質的に官僚が支配してきた、
わが国の、いわゆる官僚国家体制は、

政治との激しい抵抗・攻防の末、やがて終焉を迎えるであろう、
いや終焉させなければならない、という彼の決意と覚悟であった。

驚いた。

自民党から、このようなメッセージが発信されること自体、
一昔前ではありえなかった、と思うのは私だけだろうか。

もちろん、各論レベルでは容認できない主張も、ある。

特に、単純小選挙区制の導入については、
私たち公明党としては反対だ。

三乗の法則が働く中で取り残される民意をどうするのか、
本当に二大政党制でよいのか、という命題に対して、

まだ、十分にして決定的な、国民の合意が得られていない、
と思うからであり、議論として本末転倒、と思うからである。

がしかし。

官僚主導から政治主導、中央集権から地方分権へ、
大きな政府から小さな政府、という彼の文脈は、
国民の空気をちゃんと読めているな、と思う。

日々の草の根対話で、
庶民の皆様からお伺いするのは、そのことに他ならない。

ちなみに、本書のキーワードは、
劣化したエリートによるステルス複合体、であり、
それら勢力に対する戦闘メッセージ、が主題である。

言い方を変えると、透明化による政治のイノベーションだが、
この流れは歴史的にして、不可逆の流れと私は確信する。

透明、ウェルカム。
そして、政治の意思決定はすべからく、国民にあるということ。

この当たり前が、当たり前に行なわれる時代と状況を、
私たちは、立場を超えて実現しなければならない、

と思うばかりである。
そしてそれは、まず足下からと銘記し、取り組んでまいりたい。


2008-06-02

しまなみ海道を走りながら、イーグルスを聴きながら

朝、因島を出発。

松山の自宅へは、たったの2時間。
あっという間の到着、だ。

かつて、しまなみの各島では。

車をいっぱい積んだフェリーが汽笛を鳴らしながら、
ゆっくり、ゆっくりと、往来をしていた。


どれくらいゆっくりかというと、
因島から今治まで、ざっと2時間半、である。

まさに、隔世の感あり。
そして、イノベーションについて考えさせられる。

橋の出現によって、
輸送手段は、海上から陸上に、大きく置き換えられた。

それは、今まで移動の選択肢がなかった島の生活者にとって、
画期的であったろう。悲願というべきか。

なるほど生活者にとっては、
選択肢の広がりは、そのまま利便の広がりといえよう。

一方で、選択されるサービスの提供者、つまり企業側からすると、
それは競争の激化を意味する。

まさに。

あらゆる選択肢が用意される都会は、生活者にとって便利だが、
企業からすると無数の競合との、生き残り競争の舞台であろう。

そして、競争によってこそ、イノベーションは生まれる。

公衆電話が携帯電話に、フィルムカメラがデジカメに、
というふうに新たなる価値に置き換えられていったように。

それは、企業という人ごとではない、
私たちも又、地域間競争、あるいはグローバル競争の中に、いる。

他のどの県にも、どの国にも置き換えられないような、
独自の価値、新しい価値を、常に生み出していかねばならない。

シビアだが、やりがいのある時代、だ。

現に、私の周りにも、そうしたゆるぎない志を持ち、語り、
チャレンジされる方が、最近とみに増えてきたように感じるからだ。

それは、政治の世界にも、ドンピシャ当てはまるであろう。
生活者と、未来と、世界への、貢献競争、だ。

その正しい競争によってのみ、政治不信は必ず乗り越えられる、
生活者基点の政治へのイノベーションが可能となる、と強く思う。

しまなみ海道を走りながら、
イーグルスを聴きながら。

議員として真剣勝負の1日1日を、
と、頭も心も引き締まるのであった。

��写真は、因島から生名島を臨む、小さい頃の原風景)


2008-06-01

因島での、めでたい1日

私事で恐縮だが、今日はめでたい1日。
いとこの結婚式の日、なのである。

父の弟の娘さんだから、
従兄妹と書く、いとこ。

早朝、自宅を出発し、
私の生まれ故郷である因島へ、向かった。

北条の海岸線を伝い、しまなみ海道を渡り、
4つの島をスラロームしながら、AM9:00。

5つめの島で降りると、そこが因島、である。
変わらない静けさと潮風の心地よさに包まれる。

少し早い到着となったため、
幼い頃自転車で走り回った、島の半周分を回ってみた。

広く感じた通学路や大きく見えた建物も、今は縮んで見え、
遠く果てしなく感じた島の外周も、今では狭く小さく感じる。

まるでガリバーのようであるが、それは景色の話。
人生もまた、相対の中にこそ存在するのであろう。

さて、結婚式、である。

今日の私たち木村家の主役は、
私の従兄妹である、新婦である。

その新婦を送り出す本家に、親族が続々集ってきた。

ほまれ君、久しぶりじゃね。元気にしよって?
ありがと、おばちゃんも元気そうで何よりじゃが。

似たように眉毛の濃い一族で、会話の花が咲く。

その後、マイクロバスにて式場へ移動し、
チャペルでの荘厳な挙式の後、披露宴に移った。

新郎側から、地元に伝わる伝統芸能による祝いの出し物が
次々に披露され、釘づけになるほど目も心も奪われ、感動。

特に、えびすさんのお面をかぶった、めでたいな踊り。
見ているだけで幸せになった気分。伝統芸能、バンザイだ。

私もひとこと、お祝いのスピーチを贈らせて頂いた。
若いお2人とご両家ご親族に万歳、の気持ちを込めて。

そして、祝福のひとときは過ぎ、滞りなく披露宴は結ばれた。
従兄妹の門出に立ち会えたことを、本当に嬉しく思う。

その後。

本家に戻り、今度は男性従兄弟同士での談義となる。
久々の対話は終わらず、結局、新婦の弟と深夜まで、となった。

長く、そして、めでたい1日であった。

おじちゃん、おばちゃん、おめでとう!
そして、ゆりちゃん、新郎とともに、末永くお幸せに!ね。