2008-02-29

代表質問2日目、私の出番

今日は、2月29日。
ということは、うるう年、である。

ということは、オリンピックイヤーで、
というのは今日の主題とは関係なく。

代表質問2日目の本日は、
私にとって3回目にして初の、会派代表質問の日、なのである。


おかげさまで体調も、最悪だけは免れたが、
のどだけは、少々芳しからず。

午前の部。

先輩であり1期生の石川県議(社民・護憲連合)も、初の代表質問。
緊張をよそに、実にはつらつと、その任をこなされた。

さすが社民の視点、というものを感じさせられた。

そして、午後。
ついに私の出番、である。

議長の進行に対して、いきなり、挙手のタイミングを間違え、
場内の笑いを誘ってしまったが、結果オーライ。

おかげさまで少しリラックスして、質問に入ることができた。

開口一番を、光陰矢のごとし、の一節で始めさせて頂いた。

議員にさせて頂いて、まさに、あっという間の、約1年。
お会いしたたくさんの支持者の皆様の顔が、脳裏をよぎる。

体調に不安を感じながらも、
よし、今から皆様の思いを代弁させて頂くぞ、と決意をみなぎらせる。

質問項目は、大きく、8つ。

財政構造改革、消費者問題、障害者支援、救急医療体制整備と、
少子化対策、ニート対策、学校地域支援対策、人材育成、について。

井上顧問・笹岡議員に見て頂きながら仕上げた項目を、こうして並べると、
やっぱり、公明党らしいと思うし、これがわが会派代表質問なのだ、と思う。

持ち時間の35分。
今持てる全力で、お訴えさせて頂いた。

終わってみると、矢のように。
初の代表質問は、あっという間に終わった。

体調を含め、自身の拙さに対する凹みを味わいながらも、
実に貴重で有難い経験、と思う。

思いがけず応援に駆けつけて頂いた皆様、
終了後温かなご激励を頂いた各会派の皆様に、心から感謝を申し上げたい。

1日を終えて、自宅に戻ると。
さすがに重圧から解放され、1つ荷が下りた、という確かな安堵感が広がった。


2008-02-28

代表質問初日、の圧倒

今日は、代表質問初日。

登壇されたのは、
篠原実議員(自民党)・土居一豊議員(民主党)であった。

お2人とも、いわずもがなの、大御所、なのである。


私など足元にも及ばぬ者だが、明日は登壇の身とあって。
代表質問とはどうあるべきか、五感を超敏感にして、拝聴した。

僭越ながら、1つだけ所感を挙げるなら。
篠原議員の存在感、である。

圧倒された。

特に、知事の政治姿勢と西条工水に関する切り口と踏込みは、
県議47名中、篠原議員にしかできないものであったろう。

間違いなく、今日のニュースで取り上げられ、
明日の地元紙では、ぶち抜き、もしくはコラムでスポットを浴びるだろう。

それくらい、価値ある、質問であった。

どの世界にあっても、例えば、会社にあっても、
各人に与えられたミッション、というものがある。

誰もが、その義務における権利を有する。

そういう当たり前を前提として、
あっ、今、県政が動いた、と直感的に感じさせられたのである。

反射的に、今、私にできることを考えた。
それは、篠原議員とは、正反対のことであろう。

それは、小さなテーマである。
しかし、今日明日の、庶民の生活のことである。

私が直接足を運ばせて頂き、お会いし、お聞きし、感じた、
あの方、この方の思いを、代弁することであろう。

すばらしい今日の代表質問に学びながら。
私は、私のミッションに忠実を果たしたい、と決意を新たにした。

帰宅後は、原稿の最終仕上げと、1人リハーサル。

体調は大丈夫だろうか、と心配がよぎりながらも、
原稿読みの心配が勝り、無常にも、夜は翌日へと更けていった。


2008-02-27

9割以上の中小企業、の元気のために

午前、公明党愛媛県本部・笹岡代表に同行し、
愛媛県商工会議所連合会様を訪問した。

お忙しい中を、門田専務理事、森田事務局長にご面談頂く。

ひとしきりご挨拶の後、私たちが取り出したるは、
なるほど!中小企業応援ブック。

このたび。

公明党がリードし、与党で実現した税制・融資・保証制度など、
最新の、中小企業支援政策をまとめた、ハンドブックである。

おかげさまで、いわばご専門であられる日本商工連盟様を始め、
関係諸団体の皆様から高い評価を頂いた、ハンドブックである。

来年度から導入される、“NEW”と“拡充”、が詰まっている。

特に、皆様のインパクトが大きいのは、
事業承継税制の抜本的な拡充、である。

これは、中小企業の後継者が相続する自社株式の軽減措置だが、
今回、その相続税が、10%減額から、80% 納税猶予となるのである。

現状は、資産売却が必要なくらい高い相続税により、
中小企業4社に1社しか後継者がいないという状況なのだが、

今回の拡充により、見通しでは、
今後10年間で数万社の事業承継がサポートできることになる、という。

より安心して、若い世代へのバトンタッチが進むであろうし、
若い世代もまた、さらにやりがいを持ってイノベーションを進めていくだろう。

そうした、ためになる情報を、
いち早く、より広く、中小企業の皆様にお届けしてまいりたい。

日本の企業の9割以上を占める、中小企業の皆様である。
原油価格高騰など、厳しい経営環境が続く、皆様である。

面談を通して。

その中小企業の皆様が、少しでも経営改善が進み、また、元気になれるよう、
しっかり取組んでまいりたい、と強く思う1日となった。




2008-02-26

代表質問3日前、のタミフル

昨晩から、体調芳しからず。

というか、はっきりと風邪の予感がして、
朝、いつもの、近所の病院で診察してもらった。

先生いわく。
ちょっと、これ、インフルエンザの兆候が出てますね。

アカン、まずい。
先生、ちょっと、それ、なんとかなりませんか。

と、とっさに思いながらも、せいいっぱい顔に隠し、
私、3日後に代表質問を控えているので、とも言えず。

それで、先生。
インフルエンザって、やっぱり高熱出るんですよね。

えぇ、一気に。
一気に、なんて言ってほしくも、なってほしくもないのである。

それで、先生。
あさってまでに何とか治したいのですが。

これには、先生も苦笑いしかないのであって。
そうですね、と言って、すこぶる痛い筋肉注射と、点滴を打たれたのである。

わかりました、
と言われなかったところが、少し引っかかりつつ。

それにしても、久しぶりに顔をゆがめたのは、筋肉注射の痛さ。

痛いのは15分程、と看護師の方に言われたのだが、まさにドンピシャ15分。
本当に、シャレにならない痛さに、参りました、となる。

で、たくさんの薬を持ち帰ることとなり、
帰宅後、1つ1つ手に取り確かめると、おー、これが、と見入ってしまった。

そう、タミフル、である。

インフルエンザ発症後、48時間以内に服用すると効果があるといわれ、
一方で、副作用の恐れから、原則10代の服用は禁止となった、あの薬である。

わが県でも数億円かけて、万一のため備蓄している、あれがコレなんだ、
と慎重に口に運んで、一気に飲み込んだ。

それから、県民相談対応の後、夕方ではあったが大事をとらせて頂いた。
やがてウトウトしながら、薬が効いたか、まもなく深い眠り、となった。

この日、夢で見たものは、3日後、無事、登壇している自身の姿であった。
正夢、であってほしい。

��写真は、抗インフルエンザウィルス剤・タミフル。)


2008-02-25

逝いてなお、郷土を守り支えん、という生き様

夜、松山市内で開催された、
愛媛県「三浦保」愛基金創設記念祝賀会に出席させて頂いた。

故・三浦保氏といえば、あの、三浦工業㈱の創始者であられる。
同社は、小型貫流式蒸気ボイラで国内トップの、東証一部上場企業。

といってピンと来ない方も、“オイラはボイラ、ミウラのボイラ”で始まる、
島田紳助さんのTVコマーシャルは、“知っている”、であろう。

世界の、ミウラ、である。


その創始者である三浦保氏について、私などが解説するのもおこがましいけれど。
郷土を愛し、人を愛し、故郷の未来を愛した、偉大な方であられた。

その故人のご遺志により、昨年12月。

三浦保氏の資産管理会社、㈱ミウラの代表取締役会長であり、奥様であられる
三浦昭子様から、三浦工業㈱100万株が、わが愛媛県に寄贈されたのである。

そのご寄付を原資として、
県民生活の向上に寄与する施策推進のため創設されたのが、同基金なのだ。

それは、時価に直すと、約25億円。

大きな経済変動さえなければ、
わが県に毎年、約5,000万円もの果実をもたらせてくれるのである。

加戸知事は謝辞の中で、財政難の中、涙が出るほど嬉しい、と言われた。
横田議長は、奥様のご英断に心から感謝、と述べられた。

私は。

死せる孔明、生ける仲達を走らす、ではないが、
逝いてなお、郷土を守り支えん、とされるその思いに、
心が、涙でいっぱいになったのである。

同基金は、一定の原資を積み立てながら、配当果実を運用する形で、
環境保全活動や福祉事業に活用していく予定だ。

今議会でも、それが県民のためになるよう、詳細審議を行なう予定だが、間違いなく、
相当数の団体・活動の励みとなり、故人のご遺志に叶うものと、信じてやまない。

三浦保氏の、生前の信条は、「愛は愛を生み、信は信を生む」、であったそうだ。

ならば、目の前のお1人に対して、愛はあるか、信はあるか。
郷土の偉人に学び、常に、自身に問う日々でありたい、と思う。

祝賀会にて、素晴らしい生き様を刻ませて頂き、心から感謝したい。


2008-02-24

痛みを乗り越えた、その先を

最近、読んだ本。
といっても、読書もずいぶん久しぶりではある。

��日本の大逆襲」という本で、
長谷川慶太郎氏と田原総一朗氏の対談もの。

��長谷川さん、日本は大丈夫ですか?」
��大丈夫ですよ、田原さん。なぜなら・・・」

お2人の吹き出しコピーの秀逸さに、思わず興味が沸いてしまった。
なるほど、日本は大丈夫だろうか、という思いは、まさに国民共通であろう。


そして、得てして。

その答えをどこかに、そして誰かに求めてしまいがちな、
私たちの心理をついたディレクションはお見事、と思いながら、一気に読んだ。

長谷川氏の本は初めてなのだが、終始一貫、歯に衣着せぬ、なのである。
換言すると、ドキッとさせられっぱなしであった。

例えば、昨年の参院選における与党の真の敗因は“タマ”が悪かったから。
政治を変えるには、マスコミを変えなければダメ。

格差問題の唯一の解消法は、カネをバラ撒かないこと。
弱者を救済するには、弱者に自らやる気を出させること。

農業に対する過度な保護が、農業を衰退させ、過疎を進めている。
農協をつぶして、世界に売り込む農業への転換が、再生の必要条件だ。

などなど。

ドキッのオンパレードなのだが、文脈をつなげていくと、
新たな視点が発見できたような気がするのである。

それは、今、生じている格差が、
小泉路線による新自由主義政策によって生じたものではない、という視点。

それは私にとっては、疑ったこともなかった視点、であった。

そして、長谷川氏は。

戦後の日本経済の流れそのものが生んだ格差を、政治の力で逆転させることは不可能、とし、
その上で格差弱者のモチベーションを喚起させ、正しい政治的フォローが必要である、という。

新たな視点を昇華しながら、私自身。

痛みを乗り越えた、その先を。
生活者の皆様に提示すべきそのイメージを、さらに明確なものに構築しなければならない。

既成概念とか、既得権益とか。
染まらぬよう、馴染まぬよう、細心の注意とともに。

常に必要なものは、勇気だ。
読後に、感を抱いたのは、その2文字であった。

それにしても、田原氏、さすがに対談の名手であった。


2008-02-23

中小企業の元気が、日本の元気

午前、党主催の、中小企業支援に関する勉強会に出席。

松山商工会議所から池田課長をお招きし、
同会議所が取り扱う各種金融制度についてレクチャを受けた。

それまで、商工会議所とはあまり縁がなかった私にとって、
少しだけ、そのミッションを飲み込むことができた。

松山商工会議所の場合。

松山圏域の約6,600の会員企業を中心に、金融や税財務、
労務から人材育成まで、日々様々な、経営支援を行なっている。

そして会員企業の約99%は、地元零細・中小企業ということで、
ここが私たち公明党と響きあう部分、といえるのである。

公明党は、「中小企業の元気が、日本の元気」、をスローガンに、
全国の中小企業の皆様に貢献する戦いを、今までも、今も、展開している。

おかげさまで、これまでに。

無担保無保証人融資・保証制度や資金繰り円滑化借換保証制度、
セーフティネット貸付・保証など、数々の政策を実現させて頂いた。

また、2008年度予算においても、
昨年度に引き続いて、中小企業対策予算が拡充・強化される見通しだ。

そして、円滑な事業承継のための抜本的な支援策をはじめ、
中小企業応援のための金融・税制改正などが導入される予定となっている。

先頃、公明党では、そうした最新の中小企業向け融資・保証制度と税制を、
わかりやすくまとめた、「なるほど!中小企業応援ブック(第3版)」を作成した。

これまで中小企業の皆様のために推進し、中小企業の皆様とともに実現した、
いわば、汗と苦労の結晶、の政策ガイドブックである。

ありがたいことに、巻頭には、日本商工連盟会長・岡村正様をはじめ、
全国商工政治連盟会長・石澤義文様他からも、温かなメッセージが寄せられている。

さあ、地元・中小企業の皆様の元気のために。

��なるほど!中小企業応援ブック」をお届けし、
更なる、次なる、ご意見ご要望を承りながら。

わが愛媛における、生活者の皆様が実感できる景気回復に向けて、
議員一丸となって、地元中小企業の皆様に貢献してまいりたい。

勉強会を終えて。
そのために、もっともっと勉強を、と決意する。

��写真は、松山商工会議所・池田課長のレクチャ風景。)


2008-02-22

愛媛のビジネスチャンスを、単品通販から考える

午後、市内で開催された
「成功する単品通販セミナー」に参加。

主催は、中小機構四国支部主催。コーディネーターは、同マネージャ・三井文博氏。
(ご参照URL⇒ http://www.smrj.go.jp/shikoku/index.html )

そして、講師は、㈱ディーエムネットワーク・専務取締役の出井邦明氏であった。
(ご参照URL⇒ http://www.e-2hands.com/dmn/dmn/index.html )

実は、講師の出井さんは、私が在籍した広告会社のご出身。
早い話、先輩である。

彼は、当時、バリバリの営業マンであり、九州支社長であったのだが、
いくつもの単品通販会社の創業期を支え、軌道に乗せていく中で、

ついには、単品通販ビジネスそのものの面白さに魅せられて、コンサルタントとして独立された、
実に、ユニークでバイタリティあふれる方なのであった。

ということで、久しぶりの再会を目途に、ご挨拶方お伺いしたのだが、
名刺を交換した途端、ユニークな転進はキミのほうだよ、ということで。

なるほど、私の転進も、知る人が知ればユニークなのかもしれない。
が、さて。

セミナーは、単品通販ビジネスの基礎編というべき内容で、
私にとっては、とっても懐かしい時間であった。

が、今の立場として思うことは、この単品通販ビジネスこそ、まさに、
地方活性化の手法として、1つの有効な切り口となりうる、ということである。

なぜか。

単品通販は、距離をハンデとしないから。
起業家の情熱そのもの、単品のオリジナル性そのもので、勝負できるから。

愛媛を基点として考えた場合、単品通販ビジネスは、
他のどんなビジネスに参入するよりも、障壁が低い、といえるのである。

それはまた、リピート通販といわれるように、
顧客とのリピート関係をどのように構築し継続していくか、というビジネスである。

その成功は、地道で着実な、トライ&エラーの積み重ねの中にのみあるといわれ、
非常に泥臭く地味ではあるが、だからこそ、とっても人間らしい商売といえそうだ。

そして。
議員の仕事も方程式は同じだな、と感じてならない。

本日をきっかけに、出席された地元通販会社の方々に触発と融合が生まれ、
そして、いくつものサクセスストーリーが生まれることを祈りながら。

会場を後に、お約束の県民相談へと向かった。

��写真は、出井講師の講演風景。)


2008-02-21

余談あり、脱線あり、笑いあり、そして決意あり

質問準備は、続く。
この日の日中もまた、理事者との打合せ。

ようやく、全容が固まり、ほぼ着地となった。

そして、時間を早送りして、夜。
久万高原町を訪れ、党員会にお邪魔させて頂いた。

お元気な皆様と久しぶりにお会いでき、目一杯、嬉しい。

ここ数日暖かいとはいえ、久万であり、夜である。
とても、寒いのである。

美川など移動するだけでも大変な地域からも、そんなにも寒い中を、
皆様、駆けつけてくださるのである。心から感謝するばかりである。

それだけに。

来てよかった、と思って頂けるようなひとときにしよう、
そのように決意して、党員会を進行させて頂いた。

資料を基に、先の国会で、公明党がリードして実現した法律・税制と、
今国会で推進中の各種の政策についての学習を中心に行なったのであるが。

余談あり、脱線あり、笑いあり。

アットホームな雰囲気の中、次から次へと意見が飛び交い、感想を述べ合い、
本当に楽しいひとときの中での勉強会となった。

それは、議員とは何かを教わる、私にとっての勉強会といえよう。

議員は、生活者を、生活現場を、よく知らなければならない。
足を運ばなければ、生活者も、暮らしぶりも、実際のところ見えてこないだろう。

そして、政治もまた。
生活者に対して、その取り組みをもっと知って頂く努力が必要である。

これは、公明党としても、私自身としても、肝に銘じてまいりたい。
先の国会にて、公明党が推進した実績についていうと。

共通項は、その1つ1つが庶民である生活者の声から始まっていること、
そして、いずれも大変な状況の中、人間ドラマがあって国を動かしたこと、である。

そんなエピソードを交えながらお話をさせて頂くと、
皆様の目の輝きがハッキリと、変わるのである。

残念ながら、こうした公明党の取組み紹介は、マスコミではほとんど取り上げられない。
だからこそ、私自身もっともっと語っていかねばならない、ということを今日は痛感した。

とはいえ、椿さんも終わり、愛媛の春も、すぐそこだ。

どんどん久万高原町に足を運び、
1人でも多くの方と対話を広げながら。

この町に新たな活気が生まれ、
この町の方々が安心して暮らせるよう。

心にも、体にも、汗をかいて、がんばるぞ。
そんな、とにかく前向きで、積極的な気持ちにさせて頂いた1日となった。

追伸
党員の皆様、お寒い中を本当にありがとうございました!

��写真は、帰り道に見上げた、久万高原町の満月。)


2008-02-20

根が詰まった日常を、バランスする

午後、代表質問に関する理事者打合せ。

昨日同様、種々の確認を行なった。
いろいろ、あるものだ。

また、この日は、遠く岐阜県の公明党議員から問合せを頂く。
環境によい、えひめ液って何、とのこと。

えひめ液?

聞いたことがナイので慌てたが、その文脈で、
えひめAI-1(あい-いち)・AI-2(あい-に)のことと判明。


��ご参照URL:
■「えひめAI-1」⇒ http://www.iri.pref.ehime.jp/iri/info/biseibutu/AI-1.pdf 、
■「えひめAI-2」⇒ http://www.iri.pref.ehime.jp/iri/info/biseibutu/AI-2.pdf 、
■販売先例⇒ http://www.ai-1.com/shop/ )

さっそく部局へお邪魔し、レクチャを頂いた。
なるほど、わかったのは。

えひめAI(あい)は、愛媛県工業技術センターが開発・商標登録した、
環境浄化微生物の製造ノウハウであるということと、

製造した環境浄化微生物を活用すると、生活排水などの浄化・水質改善、
生ごみやペットの消臭、堆肥作り、などに効果的がある、ということである。

そして、製造ノウハウによって、業務用は、えひめAI-1(えひめ・あい-いち)、
家庭用は、えひめAI-2(えひめ・あい-に)、と分けられているのであった。

お問合せによって、また1つ知見が広がり、有難く思う。

夜は、久しぶりに友人と会食。
よく行くそのお店は、いつもBGMがサザンオールスターズなのである。

サザンのみ、である。
で、そこがお気に入り、なのである。

熱い胸さわぎ、以来の大ファンであるがゆえに、
どの曲がかかっても条件反射で、当時の風景が浮かんでくる。

気をつけないと、不覚にも涙、
になりそうなときもあったりするので気が抜けない。

が、さて。
気の置けない間柄の、気のよい会話は、精神衛生上、必須科目である。

質問準備で根が詰まった最近の日常が、ようやくこれでバランスされた感あり。
これで明日から、また、さわやか気分で出発できそう、なのである。

��写真は、サザンオールスターズのアルバム「HAPPY!」CDジャケット。古っ。)


2008-02-19

国の比重がメチャ高いニッポン、について

ほぼ徹夜明けの、朝。
結局、仮眠を取ることなく、通常通り始動。

午前、県民相談をいくつか承る。
その中に、公営住宅に関するお問合せがあった。

いうまでもなく公営住宅の意義は、自治体が、主に経済的弱者である方々に対して、
低廉な家賃で、健康で文化的な生活を営むことができることを目的とするものである。

いろいろお伺いする中で、その意義と実際の、ギャップを痛感した。
大変考えさせられる、大きな課題を頂いた気がする。

現在の、決定的な課題は。
経済的弱者が、高齢化・障害化を含む身体的弱者になった場合の想定が、ないということだ。

ハードとしての供給システムを超えて、ユニバーサルな住居支援制度といった、
あらたなしくみが必要なのではないか、ということを感じるのである。

高齢化の急速な進展を考えると、早急の対応が必要だ。
今後、しっかり取組んでまいりたい。

午後。

ひとまずハードルをクリアした代表質問について、
各部局からの問合せと指摘と相談を、五月雨式に、頂く。

えー、事前に質問と答弁のすりあわせをするの?
と、最初の頃は思ったが、一長一短、と今は考えている。

この質問の主旨は、こういうことで間違いないか、という事前確認を行なうことで、
トンチンカンな答弁が回避され、より精度の高い回答を引き出す上では、マル。

マルに対してバツはというと、まさに政治的な作用が働いてしまう、という点か。

いずれにしても、理事者の指摘は、鋭く細かい。
当たり前だが、新人の私としては、完全に舌を巻くのである。

そんな中、今日も気になったのが、タテ割り、という弊害。
1つの質問が複数の部局にまたがった場合、ヘンテコリンなことになるのである。

民間感覚・生活者感覚からいうと、
ユーザーニーズに応じて変化すべきは、企業であり商品のほうである。

行政のタテ割りは、これを逆にする。
これは、国家の運営体制のあり方に起因すると考えれば、自然と目線は国に向くのである。

意思決定に関していうと、国に思い当たる節が何と多いことか。
ニッポンというのは、国の比重がメチャ高い国だな、とつくづく思う。

生活者の1つ1つの県民相談をお受けするにつけ、
議会質問を準備するにつけ。

何としてもこれを改革しなければならない、と決意するとともに、
密やかに感じる改革への潮流を、さらに確かなるものにしてまいりたい、と思う。

��写真は、先日見た、愛知芸術文化センターの屋上に佇む、彫刻作品「大地」。日本/加藤昭男作。)


2008-02-18

ひとまずハードルをクリアした、1.5日

ようやく、カタチになった。
2月議会の会派代表質問の原稿案、である。

先週後半は家を空けることが多く、焦れども落ち着かない、ムズムズとした日々が続いたが、
ようやく昨晩、腰を落ち着けて、ひとまずひと通り、仕上げることができたのである。

そして、午後。

議事堂にて、公明党愛媛県本部・井上顧問に時間をとって頂き、
昨晩できたてホカホカの質問原稿案に、目を通して頂いたのであった。

私は、今回で3度目の質問に立つことになるのだが、
井上顧問は、毎回、その前を通過する大切なチェックポイントなのである。

いつもながらだが、書き上げた原稿が、
30年にわたる議員歴を持つ井上顧問の視線にさらされるこの瞬間は、とてつもなく緊張する。

いかにも、全部お見通し、だからである。


スミマセン、その視点、気づきませんでした、とか、
その部分への踏み込みが浅く、スミマセン、とか。

その種の、新人の浅学に付きまとう恐縮、による緊張感と、もう1つは、修行にも似た緊張感。

剣なら、剣を交えながらどうすれば相手を倒せるか、考えるのだが、
どこからどう攻めても切り返される、隙がない、強さ。

将棋なら、攻めても守っても、こちらの打ち手が狭められ、気づけば、
もはや打つ手なし、まいりました、と覚悟させられる、変幻自在なる、強さ。

私にとって、井上顧問は、そういう存在であり、
原稿チェックの瞬間は、そうした緊張感に包まれるのである。

で、やはり鋭い、打ち込みがあった。
痛いけれど、なるほど、なのである。こういうのは、体で覚える、ということなのである。

結局、家に帰って、全体の1/3程度について練り直しとなった。
22:00頃、修正原稿を井上顧問にFAXし、見て頂いた。

意に反して、なかなかよくできました、とのご返事にホッとする。
しかし、いったん活発となったシナプスは沈静化しないのか、どうも眠れそうにもない。

じゃあ、とばかり、推敲を始めたのである。

が、資料をひっくり返しながら、待てよ待てよ、と書き直していると、すっかり19日の朝となった。
部局確認のメールを送付し、ひとまずのハードルをクリアした1.5日であった。

��写真は、一昨々日見た、愛知芸術文化センターの屋上に佇む、彫刻作品「カリブの女」。オランダ/コルネリス・ジットマン作。)


2008-02-17

元の笑顔を取り戻す、その日まで

午前、県民相談。
午後、KHJ愛媛県こまどりの会・第12回月例会に参加させて頂く。

今回のゲストスピーカーは、えひめ若者サポートステーション・カウンセラーの、加藤敏美先生。
私も以前取材にお伺いした、県下では知る人ぞ知る、臨床心理のスペシャリストであられる。

演題は、「不登校・引きこもりの子どもへの親のかかわり方について」。
当然ながら、集われた親御様共通の、最大の関心事である。

私も又、議員としての立場こそ違え、同じ気持ちで参加させて頂いた。
来週から始まる2月議会で代表質問にも盛り込む、重要なテーマであるからだ。

さて。
冒頭まず、引きこもりの定義についてのお話があった。

加藤先生いわく、これが正解という唯一解はないとし、自分なりの解釈で表現するなら、
“心身のオーバーヒートによっておきる、心のサーモスタットが作動した状態”、だそうだ。

適正を超えて、熱くなりすぎる、オーバーヒート。
エネルギーの自動制御装置である、サーモスタット。


心は温度であり、エネルギーであるとするなら、誠に的確な表現である。

これなら、引きこもりがどこから来た何者であるか、
ひとつかみに想像を掴まえることができそうだ。

現状では、まだまだ、引きこもりの問題に対する無関心と無理解は、多い。

そんな中では、まず、この問題そんな簡単なものじゃない、という苦悩の存在認知を、
当事者の身近から地域へ、社会へ、広げていくことだ、と私は思う。

そのとき。
ひとことの定義による、引きこもりのイメージ化は極めて重要、なのである。

つまり、引きこもりとなった若者たちは。

心のエンジン系統に何らかのトラブルが発生し、自動的に安全弁が働いた一旦停止状態なのだから、
一定の時間を要しながらも、焦らずに正しくアプローチすることによって、エンジンは必ず動き出すのだ。

そんな、20年以上にわたる、ご自身の臨床体験に裏づけられた加藤先生のお話には、
これまで多くの引きこもりの若者の自立をサポートしてきた、自負と確信に基づく説得力があった。

加藤先生には深く感銘するとともに、貴重なレクチャを頂き、心より感謝申し上げたい。

最後に一言、と予期せぬご指名を頂き、私も、参加された親御様にご挨拶を申し上げた。

最初、私がこの問題について、あるご婦人からご相談を頂いた時、
その方と、そのご家族における個別単独のお悩み、と受けとめた。

しかし、そのご相談の解決をめざす中で、しばらくと経たないうちに、
これが、もはや個人ではどうすることもできないくらいの、大きな社会問題であることに、
ハッキリと、気がついたのである。

いじめや不登校との因果から見ると、引きこもりは教育問題であり、
ニートとの関係性でいうと雇用問題であり。

未婚・非婚・晩婚の現実から見ると少子化問題であり、
親御さんの高齢化の進展から考えると社会福祉問題、なのである。

そして、それは。

行政のタテ割りを試すかのように、厚労省だけのマターではなく、
文科省・経産省ほかを跨いで、大きく横たわっているのだ。

しかし、必ず、解決させなければならないし、解決できる、ということを
今日拝聴した加藤先生の講演に、ますます意を強くさせて頂いた。

そんな主旨のご挨拶と決意を申し上げたのだが、その通りまっすぐに。

国とも市町とも、官とも民とも、連携し。
知恵を働かせながら、寄せ合いながら。

1日も早く、当事者とご家族に、元の笑顔が取り戻せる日をめざし、
しっかり取組んでまいりたい、と思う。

��写真は、えひめ若者サポートステーション・加藤先生の講演風景。)


2008-02-16

言葉の意味を、変える時代を

名古屋を発ち、つかの間、大阪の家族を訪ね、急ぎ足で帰松。
その足で、支持者の座談会へ駆けつけさせて頂いた。

いつお会いしても、どこへ訪れても、どなたとお話しても、
有難いのは、支持者の皆様である。

およそ党派を問わず、どの議員もそうだと思うが、
私がそう思う気持ちは、たぶんどの議員にも、負けない。

そんな切り出しから30分弱、お話させて頂いた。


皆様の代表として議員にさせて頂いて、約10ヶ月。

この間の、いわば私の体験談と、
党の取り組みについてご紹介させて頂いたのだが、
ここで先ほどの、有難い、という話に戻るのである。

つたない私の話を。

こんなにも温かな眼差しと、柔らかな表情で聞いてくださるのは、
そこに真心があるからであって、他ではありえない、だからこそ、なのである。

特に、今日は2月16日という、特別な日。
私にとって、人生のターニングポイントとなった日。

そんな感慨もご披露させて頂きながら、あっという間にひと時は過ぎ去り。

終了後、お1人お1人、お見送りをさせて頂きながら、たくさんのお声をかけて頂いた。
えてしてだが、ここから第2ラウンドが始まった。

お時間の許す限り、順番にお話を承った。
国に対する不信と不満、県に対するご要望、個別のご相談、様々だ。

で、結局。

生活者は決して政治に無関心ではない、ということ。
むしろ反対に、政治にものすごく敏感で、たくさんの情報と意見を持っている、ということ。

そんな確信を、また1つ、心に刻ませて頂いたのであった。
そして、ふと、草の根、という言葉が浮かんだ。

大辞泉によれば、隠れて見えない草の根もと、という文字通りの意味と、
民衆ひとりひとり、一般大衆、政党・結社などの指導者層に対していう語、とある。

指導者層の対語が、草の根、と。

言葉の意味が、時代とともに変化するならば。

草の根。草木と大地の結節点。
政党・結社などの指導者層と民衆を互いに結ぶ、信頼関係を表す語。

そんなふうに、辞書の定義が書き換わるような時代を、いつか拓いてまいりたい。
1つ1つ力をつけながら、支持者の皆様とともに。

草の根、である座談会場を後にしながら、心で頷いた。

��写真は、瀬戸大橋にてJR車窓から見た瀬戸内海。波の糸ひき、浮かぶ船2隻。)


2008-02-15

公会計改革が自治体に与える意味、を考える

初めての、名古屋、泊。

快調な目覚めの後、徒歩5分で、愛知芸術文化センターへ移動。
ほぼ缶詰状態にて、社団法人日本経営協会が主催するセミナーを受講した。

セミナータイトルは、
��財政危機を乗り切る バランスシート・行政コスト計算書の読み方と分析講座」。

講師は、稲沢克祐(いなざわ かつひろ)先生。
関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科教授、経済学博士、であられる。


どこか、姜尚中テイストを感じさせる、先生の魅力に引きずり込まれ、
すっかり居眠りも忘れる6時間となった。

今後導入される公会計改革というものが、地方自治体にとってどんな意味を持つのか、
ということが、ざっくりとだが掴めたような気がする。

いや、掴まねばならないのであって。

私が理解したその意味とは、住民に対する、自治体財政状況の透明化と説明責任の履行、
そして、行政コスト・マネジメントによる経営改革、これに尽きる、と思った。

ご承知の通り、民間企業には、貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書・
株主資本変動計算書、という4つの財務諸表という共通のモノサシがあるわけで。

これらを公開することにより、すべての利害関係者が様々な比較分析を行うことができ、
かつ、当該企業の経営に対して主体的に関与することが可能となるのである。

一方の自治体も、
そうした会計インフラの整備が求められる中。

“地方分権の進展に伴い、これまで以上に自由でかつ責任ある地域経営が求められている”
とする総務省の方針により、今後3~5年以内に財務諸表の整備・作成が決まったのである。

それは、
貸借対照表・行政コスト計算書・キャッシュフロー計算書・純資産変動計算書、の4つ。

いい流れだ、と思う。

失われた10年といわれるどん底の中で、民間企業の経営マネジメントは高度に磨かれたのである。
次は、いよいよ行政の番、である。

決して財務には明るくない私だが、県政運営の一端に関わる者として、
公会計スキルは何としても身につけなければならないことを、痛感した。

おそらく導入に向けて準備に追われているであろう職員の皆様とともに学ばせて頂きながら、
また、民間でお世話になった諸先輩の知見に学びながら、研鑽を深めてまいりたい。

慣れない詰め込みに頭がガンガンしながらも、実に有意義な1日となった。

��写真は、関西学院大学教授・稲沢先生の講義風景。)


2008-02-14

2012年問題まで、あと5年弱

午後、市内で開催された、地方自治法施行60周年記念講演会を聴講した。

講師は、現在、総務省自治大学校長であられる椎川 忍先生。
演題は、「今後の地方財政運営の展望と自治体の人材育成のあり方」。

加戸知事を始め、県下の首長・議員・各自治体職員総勢320名の参加とあって、
会場を満杯に集め、講演会は定刻通りにスタートした。

内容についての私の所感は、
青野議員( http://ameblo.jp/masaru-aono/entry-10072682899.html )や、
石川議員( http://minoru14kawa.blog72.fc2.com/blog-entry-345.html )や、
福羅議員( http://fukura51.exblog.jp/8253572/ )と、まさに同じであった。

ので、割愛させて頂いて。

その後、議事堂に戻り、理事者から医療制度改革に伴う県の諸計画の策定・改定、
愛媛県がん対策推進計画案などの概要説明を受けた。

いずれも平成24年までを1つのゴールと定めているが、
実は、そのゴールの年は、世にいう2012年問題の年、なのだ。

1つには、いわゆる団塊の世代の方々への、年金支給が始まる年。

もう1つは、2年前に導入された、改正高年齢者雇用安定法により
定年延長となった同世代の方々が、真のリタイヤを始める年、なのである。

何しろ、団塊の世代は680万人もの数であり、
これは、ほぼ、香港の人口に匹敵するのである。

この年、わが国の年金・医療・福祉・介護などの社会保障給付費は、
一気に110兆円までに膨らむ、といわれている。

その年の瞬間風速だけで終わらない、持続的超高齢社会の始まりなのだ。

もし今そうなった場合、来年度の一般会計予算は、約83兆円という現状では
おそらく予算さえ組めないのではないか、と考えるほどに。

残された5年弱の間に、医療制度を含めた様々な改革は、まさに待ったなし、であろう。

保健福祉部のレクチャを受けながら、そういえば、先ほどの講演。

そうした2012年問題などもしっかり踏まえた、
��今後の国の財政運営の展望と国の人材育成のあり方」を、ぜひ伺いたかったな、
と、ふと思った。

すっかり外は、黄昏。
明日のセミナー参加に向けて、空港へ移動し、名古屋行き最終便にて機上の人となった。

��写真は、総務省自治大学校長・椎川 忍先生の講演風景。)


2008-02-13

お問い合わせの意味を、考える

午前、党務。
午後、議事堂にて公務。

今日も、県民相談をいくつか承ったのであるが、
その中で、薬害肝炎に関するお問い合わせがあった。

あの、薬害C型肝炎訴訟問題、についてである。

ご承知の通り、先月11日、薬害肝炎被害者救済特別措置法が成立し、
この問題については、いわゆる一律救済という政治決断が、実現した。

そして、現在、原告団による各地の訴訟も、
和解の方向へと終結に向かっているのである。

が、である。

今回の救済対象となる、フィブリノゲンと第九因子製剤による感染者は、全国で推計約12,000名だが、
それは、あくまで対象であって、給付金支給という救済がなされるには、裁判認定が必要になるのだ。

国家賠償請求訴訟をおこし、カルテや当時のお医者さん・看護師などの証言など因果証明が必要、
となると、これはもう、とてつもなくハードルが高いのである。

その多くが数十年前の話であれば、
カルテが存在しない、病院が廃院している、救急車の搬送記録がない、などなど。

要は、立証したくてもできなければ、結局、救済されないではないか、ということである。

一説では、対象者12,000名のうち、救済されるのは1,000名程度といわれる、こうした方々を、
どのように真に救済していくのか、という課題が、厳然と残っているのだ。

また、今後の課題として。

��型・C型肝炎患者と感染者が、全国で350万人いると推定されている中で、
こうした方々をどのように救済していくのか、という次なる課題につながってくるし。

さらには。

サリドマイド・スモン・エイズ・ヤコブ病など、繰り返される薬害の根絶という、
抜本的な課題にゆきついてこよう。

つまり、今日頂いたお問い合わせは、国の医薬品行政をどうするのか、という問題である。
ここで、幕引きに終わらせては、絶対にならないのである、というふうに私は解釈した。

すかさず、国会議員へお声を届けるのだが、やはりそうしたご心情の訴えは枚挙に暇がない、そうだ。

そうしたお声を受けて、公明党は来年度の予算政府案でも、
インターフェロン治療費の公費助成などの肝炎対策として、昨年度より132億円多い207億円を確保し、

予防から治療、新薬の研究・開発などといった肝炎の総合対策を盛り込んだ、肝炎対策基本法案を、
現在、衆院に提出しているところである。

最終的な、薬害根絶に向けた取り組みを、私たちのコア・コンピタンスであるネットワークを駆使しながら、
当事者の思いに立って全力で、取組んでまいりたいと思う。

��写真は、厚労省政府広報。お問合せは0120-509-002/9:30~20:00、土日祝除く2月29日(金)まで。)


2008-02-12

質問原稿を、どげんかせんといかん

3連休明け。
朝の通勤ラッシュアワー、の56号線。

世の中が、今週も動き出したな、そんなことを感じながら、
私は、車検のため、ディーラーへ向かっていた。

高松時代から7年間、毎日、お世話になっているマイカーを、
まだまだ働いてもらうけん、いってらっしゃい、と心で言って送り出した。

そのあと代車を借りて、近くの支持者宅をご訪問し、近況をお伺いした。
息子さんが今春、晴れてご就職が決まったとのこと。

うわぁ~、よかったですねー、とひとしきり喜び合いながら、それでもね、と、お母さん。
初めて親元を離れて暮らす息子さんのことが、とっても気になるご様子なのであった。

母の愛は深いな、と微笑ましく感じながら、大丈夫、心配いりませんよ、
と、自身のことを振り返り、ダブらせながら、渾身のお励ましをさせて頂いた。

私も在籍したクリエイティブな世界に羽ばたく、息子さんのご活躍を、心から祈りたい。

さて、その後、企業をいくつか訪問して、議事堂に向かう。
来る2月議会の代表質問の会派打ち合わせであった。

先日までに私がまとめた目一杯たくさんの項目骨子の中から、
方向性を決め、優先順位をつけながら、大幅に絞り込んでいったのであった。

さあ、ここからは一気に原稿を書き上げるのみ、と、少し安堵した矢先。
廊下で、いつも元気いっぱいの、社民・護憲連合の石川議員とすれ違う。

石川議員もまた、今回、会派代表質問をされると伺っていたので、つい、
調子はいかがですか、とお声をかけたのだが、意に反して、できたよ、と。

早やっ。

おかげさまで、それまでの安堵が一気に吹き飛んだのであって。

私は思わず、さすが石川さん、段取りがいいですねー、
と、お世辞抜きで言ったのだが。

大丈夫ですよ、木村さんなら、と石川さん。
明らかに、お世辞が入っていた。

今週、このあと目一杯のスケジュールなのに、
と私は、すっかり不安に陥ってしまったのであった。

どげんかせんといかん。

その後、理事者打合せ、党務、支援団体打合せ、目一杯の1日。
深夜、帰宅後、ねじり鉢巻で書きまくるぞ、と思うほどに、焦りまくり。

午前3時。

5割がた仕上げて、あとは、寝るのも戦い、と就寝することにした。
もう少ししたら、朝からフル回転、なのである。

��撮るものがなく、お気に入りのペン立てと、耳かき1つ。)


2008-02-11

独自の強みは、ネットワーク

1週間ぶりの、
西予市・県歴史文化博物館。

小高い丘に威容を誇る、その1室で開催された、党議員総会出席のためであった。

今後の活動について、団結の打ち合わせをみっちりと3時間。
ハードな内容に、思わず心が引き締まる。

また、国会開会中にも関わらず、山本ひろし参議院議員も駆けつけられ、
最近の国政動向について、舞台裏も含め、多岐にわたる報告があった。

ブログに綴るには何かと制約もあり、今日の所感を1つだけ述べるなら。

公明党の、他にはない独自の強みは何か、ということである。

精神論は、ここでは触れず、現実論として。
その強みは、ネットワーク、だ。

国と地方を合わせて3,095名の議員が、
本当にフラットで、かつ、しっかりと、つながっているのである。

それは、地方でお受けした切実な要望が、たった1ヵ月で、国を動かす力になりうるのである。

かつて。

神奈川県のある産科院長からの子宮頸がん対策に関する提案を、公明党地元市議がお受けした。
市議は、頑なであった市を粘り強く説得し、実現し、その院長から大きな信頼を頂くこととなった。

そして今回。

ある大学准教授から提案された子宮頸がんの予防に効果的なワクチンの早期承認について、院長は市議に相談。
それは、市議から松あきら参院議員、浜四津敏子代表代行につながれ、参院予算委員会につなげられたのである。

この間、わずか1カ月足らず。

その参院予算委員会の質問で、浜四津代表代行は、舛添要一厚労相から。

がん検診全体への啓発・啓蒙活動の約束と、新薬の承認期間を約4年程度から、1.5年以内に短縮し、
予防ワクチンの承認に全力を挙げる、との答弁を引き出したのである。

医師は、その対応の的確さとスピードに驚き、感動した。
そのエピソードを聞いた私たちもまた、感動した。

思えば、私たち四国の公明党地方議員も、山本ひろし参院議員との連携で、
障害者の働く場への発注促進税制を、来年度予算において実現させて頂いたのである。

この、ネットワーク政党の強みを、1人でも多くの県民の皆様にお役立てさせて頂くために。

私もまた、本日より生活者のもとへ、生活現場へと、飛び込んでまいりたい。
そんな決意に奮い立つ、本日の議員総会であった。

��写真は、国政報告を行なう、山本ひろし参院議員。)


2008-02-10

お互いにエール、な1日

懐かしい大学時代の親友から、電話あり。
転勤が決まった、という。

6回め?7回め?もうこれで何回目だろう。
転勤族とはいえ、ご家族にとってはさぞ大変であるに違いない。

そんな切り出しから、ずいぶん、長話となったのである。

大学時代、私たちは軽音楽部に所属し、彼が部長、私が副部長というコンビで、
私からいうと、おそらく、もっとも多くの時間を共有したのが彼、なのであった。

おそらくついでに言うと、巧妙な隠しごとは、お互いバレバレ、なのである。

そんな彼は、熊本出身の、文字通り、あるいは絵に描いたような、肥後もっこす。

浪人しているから、実際は私より1つ年上。
入学当初は、その微妙な距離感がつかめず困ったことを憶えている。

1番の思い出も、2番目の思い出も、はっきりとあるのだが、
とても公開できるようなレベルではないので、ひっそりとしまっておくが。

3番目の思い出は、夏休みに、伯方島の私の家に遊びに来たときのことである。
彼は、私の母親となぜか会話が弾み、そして、私に、言うのであった。

女の細腕で大学に通わせてくれる母親を大事にせなアカンぞ、と。

彼は、大体からしてこの手の教えを説きがちなキャラではあったのだが、
このときだけは、妙に、せやなぁ、と腑に落ちたのであった。

当時、ご両親が健在だった彼からすれば、私のところのような母子家庭、というのは、
それはそれで、考えさせられるところがあったのだろう。

ちなみに私の母は、その当時のことがずっと印象にあって、
��さんは素晴らしい、というイメージが完璧にインプットされているのである。

大学を卒業してからも、東京で、大阪で、兵庫で。
機会があるたびに、彼とは旧交を温めてきた。

それぞれ、いろんなことがあったなー、お互いどん底も多かったなー、と思う。

一番、最近会ったのは、昨年、私が出馬した統一地方選のときである。
彼は、忙しい中、わざわざ福岡から、選挙事務所まで駆けつけてくれたのであった。

つかの間の会話の後。
遊説カーに乗り込み、マイクを握り、手を振る私を見送りながら、それ以来ご無沙汰している。

後日、先輩議員が教えてくれた。
遊説カーの私を見送りながら、彼は、男泣きに泣いていた、と。

そして、先輩議員は、こう続けられた。
木村さんは、いい友人を持ちましたね、と。

その話に、私もまた、涙したのである。
思い出しても、有難い、のである。

長電話のはざ間で、ふと、そんなことを思い出しながら。

世知辛い世の中にあって、本当は、こうした、有難さ、がいっぱいあることを。
誰もが信じられる社会に変えていくのは政治の仕事なのだ、と思わず、力が入った。

とはいえ、当時と変わらぬ私たちの、軽口でタメ口調の長電話にあっては。

この辺のビミョーな心のひだは、
そばにいた家内でさえ、微塵も気づけなかったであろう。

ともあれ、お互いにエール、な1日であった。

��写真は、大学3年時の、左が私、右が彼。)


2008-02-09

洗濯物の取り込みと、真剣な焦りと

世間では、今日から3連休。
だが、私にとっては実に貴重な、仕事の時間なのであって。

それは、2月議会での会派代表質問準備のため、の時間。

連休3日間の内、2日間だけ、スケジュールがキープできたのである。
とはいえ、私にとって、代表質問は初めてだ。

頭の中にはその輪郭すら、まだ、ない。
一般質問とは角度が違う、というが、その角度がどれくらいなのか、わからない。


ないないだらけの中で、締め切りだけがジワーっと、近づいてくるのである。

来週は日程が詰まっているし、県外出張もあるし、
この2日間である程度、カタチにしなくてはならないのだ。

と、思うと、昨日あたりから真剣に焦ってきたのであった。

で、今日は、朝からデスクワーク。
今まで、ストックしてきた各種の資料を積み上げて、片っ端から読み込むことにした。

こういう場合、目を通しながら、わからないことをネットや書籍で調べていると、
いつの間にか、ユー・チューブや読書三昧にはまったりしがち、なのである。

今日は、そこのところを十分戒めながら。
気になる情報を片っ端からメモしながら、とにかくひと通り読み込んだ。

途中、家内の、計画的子守り代行も引き受けながら。
サービスで、洗濯物まで取り込みながら。

1日かけて。

たくさんできたメモを、カテゴリーごとに、プライオリティをつけながら整理していくと。
なんとなく、風呂敷を広げた状態には、なった。

さあ、ここから、と時間を見ると、もう午前様になっていた。
と思うと、なんだか頭の中のスイッチも切れたようで。

貴重な時間は、あと1日。
なんとしても骨子までは仕上げたい、と思うと、また焦るのであった。

��写真は、うず高く積み上げてみた、本日の資料)


2008-02-08

心の敏感力と、真剣一途

県は、いったい何を考えてるのか?
あるご婦人より、手厳しいお叱りを受ける。

それは。

県の心身障害者扶養共済制度、における掛金補助を、
来年度から段階的に縮小するとともに、4年後には廃止し全額自己負担とする、
という見直し案についてであった。

��ご参照URL⇒ http://www.pref.ehime.jp/h20700/1187110_1958.html )


この制度は。

心身障害者を扶養する保護者が、生存中、毎月、掛金を納め、その死亡時などに、
障害者に対して終身年金が支給される、という任意加入の共済制度である。

昭和45年に導入され、実施主体は都道府県及び政令市、
厚労省の指導監督のもと、独立行政法人福祉医療機構が運営を担っている。

ちなみに現在、加入者に対し掛金補助を行なっているのは、わが県を含めて5府県・市。
その他の都道府県では、制度自体がない、もしくは100%自己負担、である。

つまり、これまで、愛媛県は、
心身障害者にとって非常に理解のある前向きな取り組みを行なってきたといえよう。

それが、今回、見直されるという。
地元紙でも既報の通りだが、その理由は、県の財政難、ということだ。

もはや、いつでもどこでも出てくる、財政難により、というフレーズ。
感覚が麻痺しそうなくらい繰り返される中で、決して麻痺してはならない。

ご婦人の指摘はそこにある、そんな気がした。痛恨であった。

県の説明によると、今回の見直しは、国の見直しに端を発するという。

国の見直し理由は。

経済情勢の変化等による運用利回りの低下や、障害者の平均寿命の伸長などにより、
将来の年金の支払いを確実に行なえない恐れが生じてきた、というものである。

一方、県の見直し理由は。

国の見直しにより掛金が値上がりするため、今年度で約4.1億円の県費負担が、
来年度は約4.6億円に膨らみ、これ以上の手厚い補助継続は困難、というものである。

そして、見直しの対象となるのは、一般加入世帯2,709名で加入者全体の約8割。
市町民税非課税世帯と生活保護世帯は対象外で、現在の補助率が据え置かれる。

ということだが、さて。
要するに、国も県も、やむを得ず、ということだ。

が。

はたして、そうだろうか。
本当にやむを得ないのだろうか。

財政難という現実は現実として。

一方の現実である、当事者の立場に立った心の敏感力と、
可能な限りの可能性を見出すことに汗をかく真剣一途を。

行政も、私も。
はたして本当に、体現できているだろうか。

それが、言葉には出されないが、急所をつくご婦人のご指摘であろう。
心に鋭く、深く、突き刺さるとともに、自身への挑戦を強く決意する1日となった。

��写真は、一昨日見た、夕暮れの内子町。)


2008-02-07

それは、昨日のことになるけれど

午前、運転免許更新のため、勝岡町の県運転免許センターに向かった。
前回更新時からの同センターの変化に、いい意味で驚いた。

少々大げさに言えば、隔世の感あり。
お世辞抜きで、業務が明らかに効率化され、サービス度がアップしていた。

ウェルカム、である。
が、いつもながらの免許証の写真の不本意、これだけは自己責任、ではある。

その午後は政務調査、夜は支持者会合でのご挨拶、という1日だったのだが、
今日は、昨日、オーバーテーマで綴りきれなかった事柄に触れたい、と思う。

昨夜、公明党砥部支部会に参加させて頂いた。
昨年10月以来の4ヶ月ぶりで、えー、もうそんなに経つの、という感じだ。

今回は、事前に皆様からの政治に関するご質問を頂き、
それについてお答えさせて頂くというスタイルで、1時間強のお時間を頂いたのであった。

普通なら有り余るほどの時間だが、ご質問の数は15問。
1問あたり約4分で、脱線の暇はないのである。

しかも、そのうち、半分以上は国政に関する内容だから、不安が先に立ち。
とはいえ、国会議員と事前にきちんと連携して、一応の準備を整え、臨んだのであった。

冒頭、今もっとも関心の高い、道路特定財源についてお話をさせて頂いた。
弊ブログで綴ってきたことを、そのままに。

今回の暫定税率維持、に対する一定のご理解は得られたと思うが、やはりここでも、
政治家・官僚に対する不信と、道路行政の不透明さに対する怒りのご指摘は止まず、となる。

こうした皆様のお声を、思いを、しっかり国政につないでいくことをお約束させて頂いた。

ちなみに、その他の質問は。

車検代のこと、食品廃棄物のリサイクルのこと、松山市下水道事業のこと。
原油価格の高騰による物価高のこと、薬害C型肝炎訴訟のこと、冬柴大臣のこと。

100年安心年金プランのこと、補給支援特措法のこと、竹入・矢野・福本問題のこと。
改正政治資金規正法のこと、さい帯血移植のこと、保育所待機児童のこと。

そして、社会保障費の負担増のこと、年金問題のこと、についてであった。

気持ちに余裕もなく一杯いっぱいの中、制限時間ピタリ、だけは果たせたが、はたして。
お答えになっただろうか、うわっつらの説明にならなかっただろうか、意を尽くせただろうか。

ふりかえると、甚だ心もとない。

が、こうした機会を頂くことで、支持者の皆様に、公明党議員として育てて頂いているのだ、
と思うと、無性に感謝の気持ちが込み上げてくるのである。

身体の芯まで底冷えする中、よくぞお越し頂いた有難い皆様に、心を込めて深々と。
最敬礼しながら、お風邪を引かれませんよう祈りながら、お見送りをさせて頂いた。


2008-02-06

自らの地域を自ら活性化させる、お手本の視察

午前10:00、地域活性化特別委員会に出席。

といっても、今日は、県内の地域活性化先進地を視察することになっており、
冒頭の視察施設説明の後、委員一同マイクロバスに乗り込み、一路、南予へと向かったのである。

最初に訪れたのは、宇和島市津島町のベルグアース㈱様。
知る人ぞ知る、育苗生産量日本一の、アグリベンチャー企業である。
��ご参照URL⇒ http://www.bergearth.co.jp/ )

山口社長がご都合により不在で、直接思いを伺いたかっただけにとっても残念だったが、
どっこい、若い社員の方々から、自信と誇りと情熱にあふれたレクチャを頂き、新鮮な感動を覚えた。

伺えば。
前身の㈱山口園芸時代の経営苦境のさなか。

若き山口社長は、衰退著しい農業界全体をじっくり見ていく中で、ある数字の変化に着目したという。
ズバリ、果菜類の生産額である。

果菜類というのは、キューリ・ナス・トマト・ピーマンなどの野菜のことだが、説明によると。
農業生産額約8兆円の内、野菜類が約2兆円を占め、その内の46%が果菜類なのだそうだ。

野菜類の生産額が、もはや米を上回り、しかも果菜類がひと際伸びている、という変化。

そして、もう1つは、苗。

ほんの10数年前まで、キューリなりトマトなり、ほぼ100%生産農家自身が種から苗を育てていた。
しかし、高齢化が進み、育苗の労力をこなせなくなり、徐々に苗は買うものとなりつつあった、というこの変化。

伸びる市場と、潜在ニーズの拡大、そして、自社の強みである育苗。
これらを重ねると、新たな市場が見えてきた。

そして、フラワーから果菜への転換こそ、まさに大きなビジネスチャンスと判断されたのである。
以来、南予から日本農業に革命を、と志を胸に挑戦を続け、今、名実ともに育苗生産量日本一となった。

しかし、夢はまだまだ続く。
その夢は、本拠地宇和島を、植物培養やバイオ研究のシリコンバレーにしたい、と果てしない。

ベルグアース㈱様に、心からエールを送りたい、と思う。

その後、大洲市の、農業生産法人㈲グリーンサラダ様( http://www.yuis.info/company/green.html )、
内子町の、内子フレッシュパークからり様( http://www.town.uchiko.ehime.jp/sightseeing/kankou_karari.php )
を訪れ、各代表者からお話を伺った。

自ら直面したリスクと真正面から向き合い、大胆な仮説思考による試行錯誤をいささかも恐れず。
受動から能動へ、自らの地域は自ら活性化させるのだ、との信念に基づく点が見事に一致していた。

県内に、お手本は、ある。
生き残りをかけた、地方の活性化競争の時代に。

愛媛全体がきちんと活性化していけるように、
政治家もまた、生き残りをかけた成果競争時代に入っていることを知らねばならない、と痛感した。

��写真は、昼食で立ち寄った南楽園で見た、ステキな飾り雛)


2008-02-05

熱い語りと、大きな宿題と

午前11:00。

NPO法人ユニバーサルクリエート(代表/佐伯康人氏)が取組む、
えんむすびプロジェクトの打合せに参加した。

本プロジェクトについては、12/20の弊ブログでもご紹介させて頂いたが、
スタッフのご努力により、大いに関係者の注目を集めながら、
今日までに、地元を始め、様々なメディアから取り上げられているのである。

喜ばしい立ち上がりだし、これをさらに軌道に乗せなければならない。
そんな佐伯さんの熱い語りから、打合せは始まった。

打合せというより、キャッチボール、
というか、今日は、野球用語で言うと、ブルペンのカベみたいな、私の役割ではあった。

その剛速球ともいうべき今回のニュー・プランは、ユニバースクール計画、である。
��ご参照URL⇒ http://yasuto1.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_b5be.html )

それは、ハンディを持つ子どもたちに対して、
ICTを活用した、今までにない新しい教育環境を提供しようとするプラン。

机上の空論ではない。

すでに、文科省やマイクロソフトに当たりをつけ好感触を得ているというから、
そのパワーとフットワークに、ただただ圧倒されるばかりであった。

また、産官だけでなく。
学のほうでも、愛媛大学法文学部の鈴木靜准教授と、実施に向けた会合を重ねているのである。

あとは、地元、といえよう。

文科省・厚労省といったタテ割りで翻弄されがちな、障がい児教育というものを、
地域として支援していくという、今までにない発想で、新たな体制と環境を創っていく。

ユニバーサル社会の先進地は、愛媛だ。

このような認識と評価を得られる県に、なるべきだし、
今回の、ユニバースクール計画の成就は、その試金石といえるのかもしれない。

その計画の副題は、障がい児一人ひとりの可能性を大切にする、とある。

まさに、その一人ひとりの教育のための社会、その建設がこれからの時代の要請であり、
これからは、それらを競う、人道競争の時代に入った、と私は考えている。

結局。
私の立場で、私がなすべきことは何か考え、どう行動に表すか、という宿題を持ち帰ることとなった。

まさに、政治の、議員としての、大きな宿題である。
汗をかいて、泥まみれになって、自分なりの答えを見つけていきたい、と思う。

��写真は、えんむすびプロジェクト第2弾の開発準備風景。
詳細は⇒ http://yasuto1.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_131f.html )


2008-02-04

満面の笑顔に、寒さ忘れた1日

午前、環境保健福祉委員会に出席。

愛媛県地域ケア体制整備構想の策定について、
保健福祉部長寿介護課からの説明を受けた。

それは、高齢化の進展により、限られた医療資源の有効活用の観点から、
いわゆる、社会的入院という問題の解決をめざすプランといえよう。

逼迫する療養病床を、慢性・急患を問わず、真に医療を必要とする方々に提供するために、
医療よりも介護が必要とされる方々を、地域内で適切な介護施設等へ転換していく、というものだ。

平成23年度末までの間に、利用者・医療提供者・費用負担の視点から慎重に進めていく、という。
万一にも、高齢者の切捨て、介護難民、といわれるような事態とならないよう、注視してまいりたい。

午後は、平成18年度決算特別委員会を傍聴。
この日は、最終の取りまとめと採決が行なわれたのだが、前回に続いて今回も小さな波乱があった。

先輩議員の、その指摘の鋭さは勉強になった。
当該部局の根底に巣食うあるもの、と言おうか、そこに対する指摘。

県民利益にとって、排除・改善すべき点については、いささかも、馴れ合いや遠慮があってはならない。
その、議会のチェック機能が果たす重要性を、あらためて学ばせて頂いた。

その後、県民相談で各部局のハシゴとなる中で、ある方と緊迫したやり取りの場面があった。

先の委員会の波乱がどこから生じたか、ご本人が気づいかれていないところに忸怩たる思いがしたが、
今後とも粘り強く真摯に向き合ってまいりたい、と思うばかりである。

さて、夕方は。
雪ふる久万高原町に、ある壮年のお宅を訪ねた。

そして最近の、主に国政における、公明党の活動に対する不満と疑問と不信、についてお話を伺った。
ひたすら、じっくりと、耳と心を傾けて。

説得、など不遜なことはしないし、できない。
誤解を解く、というのも、こちらの正当性を押しつけるようで、少し違う。

ひとしきりお伺いした後、ご指摘に対する私の思いを、私の言葉なりで、お話させて頂いた。
また、1つ1つに対して求められる対応を模索し、協議し、そして、私にできることをお約束させて頂いた。

こうして頂くご指摘の中に、庶民の皆様が真に求める政治への糸口が必ずある、と私は信じている。

そして、それらを真正面から受けとめながら、できることを実現し、できないことは昇華していく、
愚直に、そのことに徹しよう、それこそが公明党の議員としての当たり前の義務だ、と思っている。

気づかざるを気づかせ、足らざるを足らしめ、誤りを正すのは、生活者の、庶民の、知恵である。

その皆様の声に対して、政治は不断の努力を惜しんではならないし、
私たち公明党は生活者の党として、どこよりも敏感に反応していかなければならない。

その意味で。
今日、お預かりしたその方の思いというものを、しっかりと国にも伝え、働きかけてまいりたい、と思う。

心からの感謝を申し上げ、お宅を辞し、うっすらと雪の積もった久万高原町を後にした。
帰り際の、その方の満面の笑顔に、寒さも忘れた1日となった。

��写真は、久万高原町のパウダーな、冬景色)


2008-02-03

最新鋭がん発見装置、PET-CTのこと

午後、西予市を訪ねた。
向かった先は、久しぶりの県歴史文化博物館、である。

といっても、今日は鑑賞ではなく。

14:00から開催された、県立中央病院・放射線部長である宮川正男先生の
��PET-CT(ペット・シーティー)で、がんはどこまでわかるのか?」という講演が目的であった。

実は、昨年9月議会において。

私は、がん対策の切札として、県下全域にPET-CTの普及促進を!という趣旨の質問をしたのだが、
今なおその思いは強く、今後の新たな展開を拓くヒントを探す思いで本日、参加させて頂いたのであった。

とはいえ、PET-CTって何?という方もいらっしゃると思うので、簡単にご説明すると。
実はこれ、がん発見の最新鋭装置、あるいはその画期的がん発見システムの名称、なのである。

1回の検診で全身のがんを簡単・正確に調べることができ、しかも集団検診の約20倍も発見率が高い、
文字通り、最新鋭の、がん発見装置なのである。

少しひもとくと、今、わが国では「がん」でお亡くなりになられる方々が、年間約32万人に上る。

これは年間死亡者の、ほぼ1/3、つまり3人に1人にあたるのだが、
見通しによると、今から10年後は、2人に1人が「がん」で亡くなるというのである。

そういった現状と将来予測を踏まえ、私たち公明党は、
命のマニフェストを掲げて、「がん」対策に全力を挙げて取り組んでいるところである。

そして、現時点での成果の1つとして、昨年、「がん対策推進基本計画」が閣議決定された。

そこでは、今後10年以内に、75歳未満の年齢調整死亡率を20%減少させる、という数値目標を明確に掲げており、
わが県においても、がん対策推進計画の中で、国の指針に基づき、それを目標としているのである。

であれば、そのプログラムに有効が期されるPET-CTをぜひ位置づけ普及促進を図ってほしい、ということを、
私は議会で主張したのであるが、それは今のところ国の指針にない、ということであった。

宮川先生のお話のよると、例えば、肺がんの場合を臨床結果で見ると。

集団検診での発見率は0.05%。つまり、10,000人受けて、5人見つかる計算だが、
PET-CTだと1.27%。10,000人受けたら、127人も見つかる計算になるのである。

がん治療は、早期発見に如かず、である。
がん死亡率を減少させるには、早期発見を促進させることに如かず、なのである。

早期発見できると、がんの治癒率は格段に向上する。

だから、PET-CTの普及を、と思うのだが、庶民にとっては、そのPET-CT検診費用はまだまだ高い。
約10万円もするのである。

そこで、行政による戦略的な取り組みを、というのが私の考えであるのだが。
いずれにしても、今日の宮川先生の臨床事例をつぶさに伺いながら、その意をさらに強くした。

PET-CTにより確実に、助かる命が、ある。
がんで苦しまれる、苦しまれた、あの方、この方を思い出しながら、さらにがんばりたい、と思う。

��写真は、愛媛県立中央病院放射線部長・宮川正男先生)
��PETドッグのお問い合わせは⇒ http://www.eph.pref.ehime.jp/epch/pet%20waribiki/pet%20waribiki.htm )


2008-02-02

自ら生きること、自ら掴むこと

久々に読み応えがあったなー、と思った1冊。
タイトルは、「日本、変革」(田原総一朗著/ダイヤモンド社刊)。

ついつい。

��ニッポンが見えてくる世界一エキサイティングな授業」というサブタイトルと、
��藤原和博」「竹中ナミ」というクレジットタイトルに釣られてしまったのだが。

みごと、大正解。

文字通り、誌上授業を体験できたし、エキサイティングが詰まっていて、
こういう講義がライブで受けられる学生たちが、本当にうらやましく思えた。


その講義というのは、早稲田大学の大隈塾のことで、
塾頭は、ご自身、同大学OBの、あの、田原総一朗さんである。

先の読めないこの時代に、生きるとは何かをつかむこと、を目的として、昨年4月に開塾。

毎回、塾長らが、これはまさに先輩としてすばらしい、と思う人たちをゲストスピーカーに迎え、
私はこのように生きてきた、という具体的な生き様を語って頂く、という講義スタイルである。

弊ブログにも綴らせて頂いた藤原校長や、ナミねえ、の生き様が持つ説得力はやっぱり圧巻なのだが、
今回、初めてその存在を知り、私が格別に感銘を受けたのは、次のお3方である。

有機のがっこう土佐自然塾・塾長の山下一穂さん( http://harehore.net/ )と、
みやぎ食育の里づくりアドバイザーの結城登美雄さん( http://www.ruralnet.or.jp/ouen/meibo/243.html )と、
㈱ハッピー代表取締役の橋本英夫さん( http://www.kyoto-happy.co.jp/index.html )。

おこがましく論評するつもりはないし、そもそもできないのだが。
私は、その生き様に、引きずり込まれるような感銘を受けたのである。

山下さんは、元学習塾経営者。
ひょんなことから行き着いたのが農業で、山下農法といわれる有機農業の伝道者となった。

結城さんは、元広告会社社長。
東北の田舎を歩きぬいた末、食から地域を考える地元学を提唱し、その実践者となった。

橋本さんは、元サラリーマン。
世界を視野に、クリーニングからダイレクト・ケア・メンテという新たなマーケットの開拓者となった。

なった、としているが、ご本人方いわく、まだまだこれからであり、現在急ピッチ進行形、なのである。

お3方とも、元ナニナニから紆余曲折を経て、伝道者となり、実践者となり、開拓者となられたわけだが、
その紆余曲折の中で、まさに自ら生きることの答えを、自らで掴まれた点において、見事に一致していた。

朴訥だったり、ひょうひょうだったり、荒っぽかったり、その語り口はまちまちだが、決してぶれない信念があった。
教えてもらうのではなく、生き方は自ら建てるのだ、そんな、人生に対する揺るぎなさ、を感じたのである。

そして振り返って自分はどうか。
と考えたとき、今までの自身に対して思わず闘志がかきたてられたのであった。

そんなエキサイティングな読後感。
結局、最後までサブタイトルの通り、だったのである。


2008-02-01

ある社長から見た、今の政治のこと

午後、企業訪問を行なう。
ある社長とのお話が、特に印象に残った。

いくつかある中で、今、マスコミを賑わせている道路特定財源についていわく。
それは騒動であって、本質の議論には到底見えない、と。

にこやかにして、実に、手厳しいのである。

本則税率への上乗せが30年以上も続いたら、それは普通、暫定とは呼ばない。
時代も物価も異なるのだから、最初に議論すべきは本則税率のほうではないか。


あらかじめわかっていたはずなのに、期限切れ間際でのドタバタ劇。
見苦しい上に迷惑するのは国民、開いた口がふさがらない。

道路行政に一定の財源が必要なことは百も承知だが、
次々に浮かび上がる国の不祥事を聞くにつけ、ムダはまだまだたくさんある、と思わざるを得ない。

ムダの定義が難しいことはわかるが、それぞれの主観を戦わせても合意は得られない。
この際、期限を切って、合意が得られるような抜本的な議論を行なって欲しい。

まくし立てるように、ご意見は続いた。
おっしゃるとおりだな、と1つ1つ相槌を打ちながら、受けとめながら。

そうした状況の中で、私たち公明党が考え、取組んでいることを1つ1つ語らせて頂いた。

どこまでご理解を頂けただろう、と思いながらも、
私たちがめざすものへの共感の拡大は、対話した数とその深さだけであることを、つくづく思う。

社長に限らず、様々な企業の方々と対話を進めていく中で。
この部分は容認できないけれども、その部分は誤解から理解に変わった、ということがある。

完全合意でなくともよい、部分合意をどれだけ見出せるか。
それらをつないでいくと、まったく別の新しい合意がどこかに見出せるかもしれない。

政治は技術、とは先哲だが、まさしく政治家には。

支持者の皆様はもちろん、議員間、理事者間にあっても、合意を見出だすための技術が必須だし、
それは対話によってのみ、またその場数と苦労した分だけ、力量として醸成されるのであろう。

また、ある社長とは、中国産ギョーザの話題から見えてくる、疑心暗鬼の日本、という話になった。

日本人として。

また、確実に肝心なものを喪失し、あらゆる分野で不信が渦巻くこの時代にあって、
どのように信を回復させるのか、信じることの素晴らしさを実感できる世の中にしていくのか。

個別の法案も重要だけど、国民にとっては、そっちのほうが遥かに重要なんですよね。
そこを政治は言ってみせ、やってみせて欲しいんですよね。

そうです、そうです、その通りです。
と、ここが、まさに対話の、肝であった。

両社長をはじめ、訪問先では厳しいご意見とともに温かいご激励をたくさん頂いた。

がんばるしかない。
月並みだが、目の前の、私にできることから1つ1つ、がんばるしかない、と強く決意した。

��写真は、子どものお風呂のおもちゃ。その口のカタチが、がんばれ、に見えた。)