2009-02-28

第3回公明党全国青年局長会議にて

午後、
都内にて開催された、

第3回公明党全国青年局長会議
に、出席。

凄まじいほどの熱気に包まれ、
冒頭から、エンジン全開、の感。

その理由は、太田代表にあり。

迫力が、違う。
説得力が、違う。

と、
自身とは何もかも違って当たり前なのだが、

その根源にあるものを遡って、
自身にもそれを確認できた時、

大いに感激し、また感動した。

会合名の通り、
集った約70名は、まさに、青年議員。

その平均年齢は、45歳。

なので、ちょうど私が真ん中だったが、
ともかく。

夕方までの時間があっという間に過ぎ、

抱えきれないくらいの触発を得て、
一路、松山へと帰還した。

その足でまっすぐ事務所に向かい、

この感動がさめないように、
決意を忘れないように、

とりまくったメモを、
つないで再現するように、

心に刻むように、
��Cにまとめた。

為すべきは決まっている。
迷わず、為すべきを為すのみ、だ。

��写真は、中四国代表の、公明党・青年議員。)


2009-02-27

代表質問、2日目

本日の登壇は、

野口議員(社民・護憲)、笹岡議員(公明・新政ク)、
のお二方。

野口議員からは、
そのバックボーンにある、

長年の議員キャリアで培った、
社民運動の“芯”、を感じた。

その、専門を掘下げる力、に、
大いに学ばせて頂いた。

笹岡議員は、わが代表であるから
手前みそは書けないが、

私自身、まだまだ未熟だー、と、
思い知らされる内容、であった。

地道に、着実に、
前進あるのみ、だ。

夜は一転、松山空港にて上京。

明日の、
公明党全国青年局長会議に出席のため、

だが、その前に。

元職場の先輩と、1年ぶりに、
それぞれの100年に1度、を語り合う。

別の話題にすべきだったかも、
と、ちょっぴりシビアな夜になってしまった。


2009-02-26

代表質問、初日

いよいよ、論戦スタート。

初日の今日は、
篠原議員(自民)、横山議員(民主)の、お二方。

篠原議員から冒頭、
質問に入る前にと前置いた上で、

特に、新年度予算を議論する、
重要な2月議会にあっては、

議会の歴史と伝統を踏まえ、
会派代表が代表質問に立つべき、

との提起があり、それに対して
横山議員がまた質問に入る前に、として

真っ向から異論を唱え、
今議会の幕は、開いた。

火花散る、とはこのこと、だ。

それぞれの質問の視点も、

与野党の違いをはっきりと、
浮き彫りにするものであった。

表面だけでなく、その違いの背景まで遡って、
じっくり学ばせて頂きたいし、

明日の、わが会派・笹岡代表の登壇にも、
しっかり学んでまいりたい、と思う。


2009-02-25

足あと

午後、県民相談。

夜、松前町にて
松本町議とともに党員会に出席。

で、それ以外の終日は、
「ほまれ通信」の第1回制作打合せ。

その通信って、何?
かというと、


皆様に対する私の議員活動報告、
で、

考えてみると、
まもなく任期の折り返しにあたる今、

皆様のご期待にお応えすべく、
2年間をこのように取り組んでまいりました、

という、“私のまとめ”といえる。

どういうカタチに仕上がるか、
は別として、

等身大でありのまま、
皆様に気持ちが伝わるものにできれば、と思う。

夜の党員会では、
総額75兆円の経済対策のうち、

公明党が主張し盛り込んだ施策について、
ともに学ばせて頂いた。

そして、その最大のポイントは、
県下各地の、2月議会の攻防にある。

お忙しいところ多数ご参集頂いた皆様に、
心より感謝申し上げるとともに、

その決意を、
新たにさせて頂いたひと時、となった。


2009-02-24

足あと

終日、事務所にて。

質問原稿の推敲など。

今回が5回目となるが、
質問準備にあたって、いつも思うこと。

それは、

最終局面で必ず、
事務局とのギリギリの攻防がある、

ということ。

そして、もう1つ。

てにをは、の扱いに関する、
事務局スキルの巧みさ、だ。

その絶妙にいつも、脱帽、である。

官僚文学とか芸術とか、
何かに書いてあったが、

一種、独特の世界がある。

先日、あるビジネスの先輩から、
ヒョイと釘を刺される場面があった。

さもありなん、とここは。

てにをは、に心して進みたい。


2009-02-23

2月議会、開会

いよいよ、2月議会が、開会。

審議内容は、本年度予算をはじめ、
当面する県政の重要案件について。

具体的には、
以下のご参照内容について、

��ご参照⇒ http://www.pref.ehime.jp/010soumu/040zaisei/00005373040722/yosan.htm )

本会議と常任・特別2つの委員会を通して、
3/18までの24日間、審議を行うことになる。

その範囲の広さと深さを、
あらためて痛感するとともに、

だからこそ会派・議員個人の視点が、
極めて重要、と認識を新たにする。

さて。

それにしても、
リンクを貼った県の予算資料。

議会での論戦は論戦として。

一方で財政は、そもそも。

県民の皆様からお預かりした税金である、
ということ、と

予算はその使い方を示すものである、
ということ、

それはつまり、自分ごと、

との関心をまずもってお持ち頂くために、

これを翻訳するコミュニケーション力が
行政にも私にも、極めて不可欠、と痛感する。

その力、石にかじりついて、
身につけてまいりたい。


2009-02-22

足あと

終日、久万高原町にて。

創価学会久万会館にて開催された
農漁村ルネサンス体験主張大会に、出席。

地元自治体、議員、農林業団体等、
多数のご来賓ご参集のもと、

盛大に開催された同大会は、
全国各地で農林漁業に携わる方々を代表して

3組のご家族の体験談を、
衛星中継によって放映されるものであった。

体験の力、に勝るものはない。
どのご家族も、一様に。

死活を伴う著しい生業の衰退に、

退かずピンチをチャンスと捉え、
攻撃は最大の防御と果敢に、

その人生を切り開いてきた奮闘のドラマを、
赤裸々に披露されるものであった。

ご来賓に伝わったものは、何であったろう。
それは、勇気ではなかったか、と思う。

私も、

第1次産業主体の本県にあって、
現状にたじろぐべからず、攻めよ、

そんな力強さが漲ってくる、
貴重な触発を頂いたひと時であった。

よし、皆様とともに年輪を重ねながら、
この町のルネサンスを実現するぞ、

と、心に期したい、と思う。

��S
大会を準備されたすべての関係各位に、
心より感謝と御礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。


2009-02-21

足あと

終日、党務。
夜、支援者座談会に参加。

様々なご要望を承る。

そのほとんどが、
社会保障の拡充について、であり、

どの地でもご要望の最も多い分野、だ。

いや、要望されるのは、

単に分野とか、負担の軽減とか、
各論では収まりきらない、

生活の全体論についてであり、
求めているのは、抜本の安心だ、

と、そんな風に聞こえてならない。

となると、
抜本的には国マターなのだが、

それを地方マターにする、
というのが真の抜本解決の入り口、

と、思えてならない。

そこにトライするのみ、だ。


2009-02-20

足あと

午前、登庁し、政務。

午後、企業訪問等。
夜、伊予市にて党務。

今週いっぱいかけてようやく、
質問原稿がほぼ仕上がった。

本ブログで綴った通りに、

待ったなしの雇用・経済対策について、
本県裁量事業について質す内容、だ。

この間、
県民の皆様からお伺いした思いが、
ありありと伝わるよう、

さらに推敲を重ねてまいりたい。


2009-02-19

足あと

終日、登庁し、県民相談。

本日もまた、
学びの1日であった。

初めてのケース、であり、
新たな種類の、経験であった。

純粋ストレートだけでは
この世界は渡れないことを、

いい意味で、
その方によって、理解した。

心して進まねば、と思う。


2009-02-18

足あと

終日、登庁し、政務。

1つの問いを頂いて1つ知見が進む、毎日。
知らないこと多すぎ、を実感。

わからないことは、
聞いたり調べたりできても、

知らないことは、
知らない限り、始まらない。

まして、
知らないでは済まされない仕事、だ。

1つでも多く知るために、コツコツ、
フィールドを広げてまいりたい。

夜は、伊予市にて党務。


2009-02-17

足あと

終日、登庁し、政務。
県民相談、多数。

この時期。

中小企業経営者にとって、
年度末の資金繰りの正念場、だ。

緊急保証制度が円滑に運用されるよう、
現場への丁寧な目配せを心がけたい。


2009-02-16

足あと

終日、党務。

午後の党県本部議員総会では、
今議会における会派質問について、

本県における一定の方向性と、
県市町の連携に関するお話をさせて頂いた。

焦点は、今。
焦点は、それぞれの生活現場。


との思いで、
私自身、本会議での登壇に全力を、と決意する。


足あと

先日、

迷わず体当たり、と綴った市民相談が、
おかげさまで成就した。感動、である。

さっそく御礼などお伺いさせて頂いた。

また、
評価するのは当事者、とも綴ったが、

こちらも、おかげさま、以外何も、ない。
私のほうこそ大感激、であって。

おかげで他にも、
その種のご報告が相次ぐ1日となった。

有難いことを、有難いと、

当たり前であっても、
それは誰かのおかげさまであることを、

いつも感じられる自身に成長できれば、
と思う。

それは私にとって大事な25周年記念日、
となる本日の決意、である。


2009-02-15

足あと

午後、
県民文化会館にて開催された、

第4回正岡子規国際俳句賞
国際俳句フェスティバル2009、に出席。

同賞は、国籍や言語を問わず、

俳句の持つ創造力の開発と顕揚に、
最もめざましい功績を挙げた人物に贈られる賞、


とのことで、今回、

大賞に、金子兜太先生、
俳句賞に、河原枇杷男先生、

そして、スウェーデン賞に、
内田園生先生、李御寧先生が
それぞれ選ばれ、受賞された。

各位の受賞スピーチを伺いながら、
俳句の奥深さにあらためて敬意を表しながら、

一方で、少し権威めいた上から目線に
多少の違和感を感じたのは、私だけだったか。

と、そんな気持ちが入り混じる中、
李氏のスピーチが、ひときわ清々しかった。

氏は、韓国の元文化大臣だが、
同賞が国籍を問わずとあるように、

日本のわびさびの世界を、
俳句の持つ可能性を、

何とも言えず美しく、わかりやすく
手ほどいてくれる、繊細なスピーチであった。

クリエイティブは、時代を超え、世界をつなぐ、な。

あらためて、俳句を含めて
文化振興の重要性を教えて頂いた1日となった。

��写真は、大賞受賞の金子兜太先生。)


2009-02-14

足あと

午後、山本ひろし参院議員とともに、
難病患者とそのご家族各位を訪ねた。

難病の名前は、
筋萎縮性側索硬化症(通称、ALS)。

その原因も、根本的な治療法も、
未だ確立されていない大変な病気で、

そのことは、以前
本ブログでもご紹介させて頂いた通り、だが。

来月、日本ALS愛媛県支部を立ち上げられる、
��LS患者と介護をされるご家族の方々から、

本日は、
取り巻く医療環境の課題や具体的なご要望を
お伺いさせて頂いたのであった。

筆舌に尽くせぬそのご苦労に、心が痛んだ。

何らかの犠牲が伴う家族介護の現状に、
このままでは早晩限界が訪れそうな危うさと、

たとえば、人口呼吸器について、

自身の延命と家族への負担という相克の中で、
拒否を選択せざるを得ない患者の苦しみと。

伺うほどに、切実な現実に、
政治はもっと光を、との思いが込み上げた。

��LS患者とご家族が、
また、

政治の光が当たらない、当たりにくい方々が、
安心して暮らせる社会に、

政治に携わる1人として、
最大に尽力することをお約束させて頂いた。

あらためて。

県下の草の根を分けて、サーチライトとなって、
光をお届けできるよう、必死の精進を、と誓う。


2009-02-13

足あと

昨日の決意通り。

朝から、
質問原稿作成に取り組む。

それに絡んで午後、
愛媛県心と体の健康センターを、訪問。

橘所長より、
若者の自立をテーマに、

特に、
社会的ひきこもり問題について現状を伺った。

想定内と想定外、の混在。
そしてデリケートな複雑の、交錯。

私の今議会の質問は、
国の第2次補正を軸に組み立てる予定だが、

同問題は。

あらためて、
大きく取り組む必要があることを、痛感、した。

現場への運びを、さらに重ねてまいりたい。


2009-02-12

足あと

午前、県民相談。
午後、夜とも、党務。

質問原稿の締切を来週に控え、
そろそろ、めちゃくちゃ、焦る。

明日は、根を詰めてやらねば。


2009-02-11

日本人の、アイデンティティ

本日は、建国記念の日。

午後、

天皇陛下御即位二十年奉祝愛媛県民大会、
に出席させて頂く。

第一部の式典では、国歌斉唱、式辞に次いで
加戸知事より寿ぎの祝辞が披露された。

第二部は、記念公演。

女優・浅野温子さんの語り舞台で、
タイトルは、「日本神話への誘(いざな)い」。

��ご参照? http://kataributai-nihonshinwa.com/ )

圧巻、の一幕。

時間の経つのを忘れるほど、
神話の世界にグイと引き込まれた。

さすが、浅野さん。
表現の、プロだ。

彼女のホームページを見ていると。

私たちが失いつつある
日本と日本人のアイデンティティを、

もう1度取り戻し、
未来へつないでいこうとする、

その心情がひしひしと伝わって、くる。

だけで、ない。

その実現のために。

全国津々浦々をめぐりめぐる
壮大なプロジェクトとして、

6年前から着実に実行されて、いる。

まさに、社会運動、だ。

その志と行動力に習いたい、
と思う。


2009-02-10

足あと

早朝より終日、
久万高原町にて。

支援者の皆様とともに、
地域をご挨拶に回らせて頂く。

なかなかお会いできない方々と
ご縁を頂いたことは大変、有難いし、

日頃のおつきあいがいかに大事か、
ということを、

忌憚のない会話を通して、
あらためて学ばせて頂いた。

夜は、県民相談。

なべて。
すべては自分との戦い、を思う。


2009-02-09

足あと

午後、事務局による
当初予算に関する会派説明。

夜、支援者会合に出席。

そして深夜、
親戚の通夜で因島を訪問。

遅い到着を詫びながら、
親戚宅に上がらせて頂くと。

私の伯父にあたるその方は、
とても安らかな顔をして、

ほまクン、帰ってきたんか、

そんな声が
今にも聞こえてきそうなくらいに、

ほほ笑んで、見えた。

ご遺族の、おばちゃんや従姉たちと
故人を偲びながら、

懐かしい場面が次々に、浮かんだ。

今は亡き私の父の思い出とともに。
そして、暫し。

おじちゃん、ありがとう。
と伯父に、最後のお別れを告げた。

帰り道。

しまなみ海道は、
悲しみさえつないでいる、な。

ふと、
思わずにいられないのであった。


2009-02-08

足あと

今治市議選、大勝利。

深夜0時を回ったその報に、
感謝、という2文字以外なく。

ご支援を頂いたすべての皆様に、
心より感謝申し上げたい、と思う。

また、

大変多くのことを学ばせて頂いた
今回の戦い、であった。

貴重な財産として、
今後の糧としてまいりたい。

なお、市長選は、
菅良二氏が初当選、となった。

民意を踏まえての、
今治市の新たな発展に期待したいし、

それ以上に、

当選させて頂いた3名の先輩市議とともに
この町に尽力したい、

そう強く決意する1日となった。


2009-02-07

足あと

今治市議選・市長選も、
いよいよ明日が、投票日。

7日間の選挙戦も、
今日が最終日とあって、

各陣営とも声を枯らして
有権者への支援を訴えていた。

私も、一支援者となって
早朝から終日、応援で走らせて頂いた。

すべてやりきって午後8時、
選挙戦は無事終了となった。

大勝利を、確信したい。


2009-02-06

足あと

午前、弔問。
午後、企業訪問・県民相談など。

その中で、

松山市内のある幼稚園を訪問し、
園長先生と面談をさせて頂いた。

はたして、幼稚園と保育園は、
これからも別々に所管すべきか、

そんな仮説をもってお伺いしたのだが、
なんとなく見えてきたものがある。

ご承知の通り、
片や文科省、片や厚労省が管轄し、

その根拠法は、それぞれ
学校教育法と児童福祉法に基づき、

要は、

同じ幼児に対する提供サービスが、
片や教育、片や保育、

というふうに立て分けられている。

それは、

当時の時代背景からすれば、
適切な立て分けであったであろう。

しかし、今、
与件の多くが当時とは異なっているし、

教育だけ、保育だけ、

という提供サービスの括り自体が
そもそも現実離れ、の感さえある中で、

ここは幼保のあるべき統合に向けた
見直しを急がねばならない、だろう。

園長先生のお話にその意を強くしながら、
さらに研鑽を重ねてまいりたい、と思った。


2009-02-05

足あと

終日、一般質問の準備。

質問回数も今回で通算5度目となり、
準備にも、それなりの経験知はできた。

が、問題は、質問の中身だ。

言い換えると、
質問する力、だろう。

といえば、
大前研一さんに、同名の著書がある。

彼いわく、
日本人には質問する力が足りない、と。

そのことの本質は、
論理に強くないことに由来するのだ、と。

その段でいくと、
私などまだまだ論理の力不足なのだが、

議員として、

登壇から次の登壇までの間は須らく、
質問力のトレーニングタイム、だ。

良いアウトプットは、良い質問から。
質問準備を進めながら、あらためて思う。

しっかりと、
質問する力を、身につけてまいりたい。


2009-02-04

足あと

午前、県民相談のため地方局に。
午後、今治にて市議選応援。

今日の習いは、危機対応だったか。

人間、つまり、人の間は、
あらゆる関係でできているのであって、

そこに不具合が生じると、

身体だったら病気とかケガだったり、
グループだったら不協和音だったり、

ってことになる。

誰しも経験する当たり前、なのだが、

そのとき、

きちんと具合を立て直せるかどうか、は
かかって個人に帰す問題、なのかもしれない。

危機管理は、スピードと誠実。

その重要性を、
あらためて教えて頂いた1日となった。


2009-02-03

県外視察、最終日

県外視察、最終日。

早朝向かった先は、
沖縄アウトレットモール「あしびなー」。

ちなみにアウトレットとは。

ブランドの在庫品や廃盤商品など
定価では販売できなくなった商品、

を指し、

要は大幅にプライスダウンした
ブランド品が買えるお店、のこと。

そうしたお店がズラリ63店舗、
の同モールは、

広々とした遊歩道を散策しながら、
ブランドショッピングができる施設、だ。

一方、「あしびなー」とは、
沖縄の言葉で、「遊ぶ庭」、とのこと。

県内外、国内外を問わず、

多彩な人や文化が集い楽しむ「遊ぶ庭」、
となることを願って名づけられたという。

で、

同施設による地域活性化事例は、
昨日のポルシェさんとは全く、異なる。

端的に言うと、国が絡んでいるから、
で、お話によると、

同施設のある豊崎地域は、
2006年から沖縄振興特措法に基づき、

観光振興指定地域
「エアウェイリゾート豊見城」に指定されており、

指定地域内では、

観光関連施設を新設・増築する事業者に対して、
税制などの優遇措置が講じられる、のだそうで。

従って、

同施設のような商業施設だけでなく、
道路、ビーチ、リゾートホテル、マンションなど、

豊崎全体を一大観光エリアとして開発する、
その大作戦の中に、

「あしびなー」の位置づけがあり、
今日まで着々と成果を上げている、のだそうだ。

いやいや、
決して羨望に打ちひしがれてはいけない。

本県の観光振興にとって最大のポイントは、
どこにもないソフトの開発、だと思うから。

知恵を磨き、集めて、
本県独自の大作戦、に取り組んでまいりたい。

その後、福岡を経由して夕方、松山空港着。
そのまま、夜、党務の1日となった。

��写真は、あしびなー屋上にまします、シーサー。)


2009-02-02

県外視察、初日

今日から2日間、
地域活性化特別委員会の、県外視察。

午前、松山空港を出発し、
午後、沖縄に到着。

私にとって初の、沖縄訪問であった。

まだ2月初めというのに
心なしか、暑い。


と、一行がさっそく向かったのは、
㈱お菓子のポルシェ、であった。

はて、お菓子で地域活性化?

その疑問は、
情熱的な女性社長のレクチャによって、
なるほど、と、スゴイ、に変わった。

同社は、1979年に
沖縄市の読谷村にて創業された。

当初は文字通り、ドーナツやパイなどの
お菓子メーカーだったのだが、

86年に基幹産業が不振に陥った同村の、
村おこし事業に参加したところから、
そのストーリーは始まったという。

現在、

農商工連携88選認定や、
全国菓子博名誉総裁賞など、

挙げればキリがないほどに
注目を集めている同社だが、

有名なお菓子のブランディングに成功した
その秘訣は何であったか。

話せば長いけれど、
私なりに要約すると。

地元特産の“紅いも”をまん中に、
新商品開発から販売まで。

同社と生産者と、農協と役場が
一体となって、

��WOT分析に適った
マーケティング戦略が

実に見事に実行されたこと、
に尽きよう。

社長のお話から。

その間の関係者のご苦労の筆舌が、
溢れるように、伝わってきた。

その苦労を乗り越えて。

事業の立ち上げから、

売上で約41倍、

地元雇用で約170倍、

紅いも生産量で約16倍、

という「地域活性化」を実現されたのだ。

感動とともに貴重な知見を頂き、
感謝するとともに。

本県における地域活性化につながるよう、
しっかりと取り組んでまいりたい。

��写真は、那覇空港にて。)


2009-02-01

足あと

午前、今治市議選の応援。

午後、拉致議連の街頭遊説。
夜、党務。

今回の拉致議連の街頭遊説は、
伊豫豆比古命神社にて、開催。

ちょうど、“お椿さん”真っ最中で、
参道周辺の道路は、まさに歩行者天国。

ほとんど、押しくら饅頭状態の中、
何とか、議連ブースに到着。

拉致被害者救出の署名協力を、
時間の限り、精一杯呼びかけさせて頂いた。

伊予路に春を呼ぶといわれるお椿さんだが、
拉致被害者にとって、春はまだ遠い。

その方々に春が来るその日まで、
同活動を続けるし、広げ続けたい、と思う。