2008-01-24

愛と苦悩の果てに、光明あり

県外視察2日目の今日も、島根県。

桜江町の、農業生産法人(有)桜江町桑茶生産組合様と、
邑南町(おおなんちょう)の、香木の森公園の2ヶ所を視察した。

桜江町は、もともと養蚕で栄えた町であった。
それが1996年に養蚕業売上0円となり、地元産業として消滅したのである。

若者は、町を出た。
残ったのは、広大な桑畑と高齢者。

そのどん底から、ドラマは始まった。
残された者、また、この町を残すべき者として、これからどうやって食べていくか、皆で考えた。

結論は、桑、の活用であった。

なぜ桑は、この町に、何百年にもわたって、存在し続けたのか。
それは、様々な角度から検証して、この地が桑の生育に最適だからであった。

町を流れる暴れ川、江川の氾濫にも屈せず、5年放っておいても成長を続ける桑の生命力。
それを、健康食品ビジネス化することに成功したのである。

その努力は、2006年9月、国の「立ち上がる農山漁村」有識者会議にて、
農林水産業を核とした地域の成功例として選出され、この町の進化の1つの通過点として報われたのである。
��ご参照URL⇒ http://www.kuwakuwa.tv/column/2006_10.html )

次の邑南町・香木の森公園では、文字通りというしかない、吹雪の中、
そして大変お忙しい中を、石橋町長様ご本人自らのご同行とレクチャを賜った。

この町も、過去、急激な人口減少と高齢化の危機に瀕したのであるが、
同公園を観光資源とした取組みにより、今、着実に元気を取り戻しつつあるのであった。

そのハーブを活用した各種施設もさることながら、私は「園芸福祉研修」という取組みに目を瞠(みは)った。
�� http://www.town.ohnan.lg.jp/SiteM/kik2info.nsf/799d23c85d2c4a4b49256afd004c1459/6a734dff9c69276a4925734f001a2c82?OpenDocument )

この取組みの主眼は、交流人口と定住人口の拡大にある。
少子高齢化に真っ向勝負、直球ストレート戦略である。

ターゲットは、剛速球のど真ん中。
園芸もしくは福祉に関心のある、全国の独身女性、のみである。

事前選考をパスした定員に対して、1年間、同町に住み、同公園にて働いて頂く。
もちろん各種助成あり、報酬あり、である。

その1年間の中で、育苗の基礎から管理・販売、園芸の福祉活用等を学んで頂くのである。

人間、1年もそこに暮らせば、愛着もわくし、人間関係も自ずと広がるものだ。
結局、定員の内の何名かは、研修終了後、同町に移住されるのである。

同研修制度導入から現在まで14年。
この間、全国各地から101人を受け入れ、23人がこの町に定住した。

その内、16人がこの町で結婚し、25名の子どもたちが生まれた。
48名の、人口増である。

そればかりではない。

研修終了後、各地に戻ったOBたちの口コミによって同町の魅力は流布され、
OBたちはまた、観光客となってこの町のリピーターになるのである。

各種の施策が相乗効果となって、香木の森公園の入場者数は、
開設当時の年間1万人から、現在は20万人超へと拡大。

その努力は、日本クリエイション大賞2006地域活性化賞受賞により、結実した。

同公園にて、ザクッ、ザクッと、深いぬかるみのような雪を踏みしめながら。

人間の知恵には行きづまりがないな、
おらが町に対する愛と苦悩の果てに、必ず光明は見出せる、ということを確信した。

吹雪の中国山脈を越え、松山観光港に無事到着し、ほっとしながら。

島根県での2日間の視察を、わが愛媛の地域活性化につなげること。
それが、特別委員会に求められる成果であり、私の重要な仕事なのだと、あらためて決意した。

足元の、愛媛の陸地が、愛おしく思えた。

��写真は、バケツをひっくり返したような雪の、香木の森公園。)


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