2008-01-16

頭の中の引き出しに、あるもの、ないもの

午前、党務。
午後と夜は、市内5ヶ所の支持者座談会に参加させて頂いた。

どちらの会場も温かく受け入れてくださり、感激に堪えないし、
いつも真心からご支援くださる皆様に、感謝が尽きない。

貴重なお時間を頂き、お1人お1人に心を込めて。
昨年から今日までの御礼と、自身の近況及び決意を述べさせて頂いた。

この、9ヶ月。

議員になる前のお約束、議員となった際の初心を、1日も揺るがせにせず、
それのみを頼りに、無我夢中で走りぬいてきたこと。

その中で、感じたこと、学んだこと、掴んだこと。
そして、これからも謙虚に、誠実に、初心をたもちながら、果たすべき自身の使命のこと。

心にあるままを、ありのままに。
ありのままとはいえ、しっかり心に刻みながら、お訴えさせて頂いた。

もとより議員たるもの、発言には責任を持たねばならないからだ。
そう考えると、いつもながらだが、私のありのままは、常に緊張状態100%なのである。

そして、自身の拙さに、いつも心で苦笑いなのだが、さて。

いくつかの会場にて、せっかくの機会だからと、いくつかの質問を賜った。
新人議員には、抜き打ちテストのようなドキドキ、を感じる瞬間である。

一方、力ある先輩議員は、こういうとっさの場面で、
頭の中にあるいくつもの引き出しを、自由に駆使することができる。

TVに出演される国会議員もそうだし、
身近においても、そういう先輩議員をたくさん見てきた。

残念ながら、私の頭の中の引き出しは、極めて乏しい。
いくつか開けて、その中にあればよし、なければ終わり、なのである。

今日も、そういう場面がやってきた。
わかりかねますので、お調べして後日ご報告させて頂きます、というしかないのである。

発言に責任を感じるからこそ、なのだが、いかにも新米議員です、ともいえる。
もはや、猛烈に勉強するしかない。

生活者と生活現場へ、動き、走り、語り、感じる毎日にあって。
議員たるもの、自身のナレッジマネジメントにも責任を持たねばならないのだ。

つくづく、猛烈に勉強するしかないのである。
痛感を通して、支持者の皆様から教えて頂いた1日であった。

��写真は、大空をゆく、たぶん、トンビ。頭の中を自在に飛びまわりたい願望の象徴として。)


0 件のコメント:

コメントを投稿