2008-07-17

社会貢献活動、を考える

この日は終日、県民相談。

そのうちの、
とある壮年経営者との対話にて、

“社会貢献”をテーマに、話が盛り上がった。

ちなみに、
グーグルで“社会貢献”を検索すると、ヒット数は766万件。

あくまで目安、だとしても、
国民の関心は決して低くないし、

確かに、身近で、
そうした取り組みが増えてきているな、と感じるにつけ、

その広がりと高まりには、
“時代の意思”みたいな力を感じてならない。

さて、社会貢献、である。

その活動範囲は、

個人単位で行われるボランティア活動から、
企業が行う慈善事業や寄附活動、また、

特定事業を目的とした、NPOやNGOなどの非営利活動など、
あまりにも広く、かつ、国際的な沃野となっている。

が、新旧大小、どの社会貢献活動にもいえることは、
その出発点が、

困っている人たちの力になりたい、お役に立ちたい、
という意思、だ。

振り返ると、
いつからか、社会活動というのは、民と官の二元論になっていた。

民間、と、行政。

つまり、

社会的ニーズの実現は、基本的にマーケットメカニズムに委ねる、
とし、資本主義のルールに則った、民による活動と、

ビジネスではリターンが見込めず提供できない社会的ニーズは、
公共財・サービスとして行政が担うべき、とした、官による活動と。

ところが、である。

私が今、感じるのは、
最近の社会貢献活動の多くが、

民でもなく、官でもない、
あるいは、民ともいえ、官ともいえる、

その二元論の“間”に存在し、広がっている、
ということ、だ。

そこに、
先ほど述べた、“時代の意志”を感じるのであった。

したがって、
社会の利益に資する社会貢献活動は、

従来の、民と官に続いて、もう1つ、
有志、を加える必要がきっとある、のだ。

言い換え、つけ加えると、それはほんのちょっと昔、
それぞの地域や社会に、厳然と、あった。

コミュニティとしてのセーフティネット、だ。

今、時代は新たなカタチで、
それを取り戻そうとしている、と思えてならない。

どんな社会貢献活動も、その出発点は・・・、
と、先ほど述べた通り、ある志、から始まる。

民にも官にも、まだ顕在化していないけれど、
そこに確かに社会的ニーズまたは課題がある、と感じ、

その実現や解決を志す人たちが、
自らの取り組みで、それをサポートしよう、

そうした、志、である。

その志のもとに人が集まり、取り組んだ活動が、
社会から満足され評価される、そこを目的とした社会貢献活動。

壮年経営者の方との対話から。

これからの政治は、
今まであまり光の当たらなかった、

この第3ともいうべき、
有志、の領域に、スポットをあて、

その社会貢献活動インフラの整備と強化、
そして、点ではなく、

面としての連携機能のしくみ化、に取り組まねばならない、
そんな意を強くさせて頂いた。

壮年経営者の方の志、の実現への尽力を含め、
やはり、知恵は、いつも現場にある、と思った。

ひとときの貴重な対話に、心から感謝申し上げたい。

��写真は、久万高原町の、美しすぎるほどに、青い空と白い雲。)


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