2008-04-30

声を上げること、声を集めること

午前、政務。
午後、山本ひろし参院議員秘書とともに、現場視察・打合せ等。

昨日の今日、しかも国会議員秘書とともに、
という現場視察は、公明党ならでは、か。

ご相談者の驚きは、私たちの喜びであり。

あらためてじっくりとご要望を伺い、
対応について確認させて頂いた。

現場に立ちながら、さあ仕事はここからだ、といつも思う。

これからも、私たちの強みであるネットワークを生かして、
敏感に反応してまいりたい、と思う。

その後、場所を移して、秘書との打合せ。
昨日までに皆様から頂いた、国政に対する要望について、である。

あまりにも多くのご意見であるため、
私の方であらかじめ、ジャンルごとに整理しておいた。

省庁別では、
何といっても、厚労省と国交省に関することがダントツであった。

1つ1つが、生活者ご自身の体験に基づくご指摘だけに、
これほど切実にして説得力を持つものは、ない。

一方、省庁に分けられないものは、政治不信の声。
あまりにも、多い。多すぎる。

どんなに善いことを唱えても、そこに信用があってこそ、である。
信じてもいない人から何を言われても、協力しようとはならないのだ。

不信は、掛け算における“ゼロ”だと痛感する。
それはすべてを、無にするから。

ではどうすれば、政治は信頼を取り戻せるか。
民意の反映しかない。

政治は、圧倒的多数の、庶民の声を聴け、だ。
そして、そのために私にできること。

それは、声を上げること、声を集めること。
具体的に、持続的に。

民意を反映した国政にしていくためには、それしかない、
遠回りに見えて、これが最も着実な道、と私は思う。

そんな思いを秘書と共有しながら、打合せを終了。

道のりは遥かだが、それは、確かに続く一本道。
心して、前身あるのみ、だ。

��写真は、曇天の堀端辺の、野に咲く花。)


2008-04-29

庶民の声、国を動かす、と信じるがゆえに

終日、党務。

そして、夜、
支持者の政治学習会に参加させて頂いた。

お休み、あるいは連休にも関わらず、
お集まり頂いた大勢の皆様に。

集まって来られるそのお気持ちに、
心より感謝を申し上げたい、と思う。


本日のテーマは、いわゆる長寿医療制度、
後期高齢者医療制度であった。

この数ヶ月間、何人の方々と、どのくらい語っただろう。
あるいは、お叱りをお受けしてきただろう。

今日もまた、対話あるのみ、である。

坂口力副代表の解説ビデオを見た後、
配布資料を皆で学び、そして、質疑となる。

私に頂いた90分の内、質疑に60分である。

が、それでも、足りないのである。
それほど、言いたいことがたくさん、あるのである。

細大漏らさず、皆様のお気持ちを受けとめる思いで、
ご意見の1つ1つに、真摯にお答えさせて頂いた。

“県議に言っても仕方ないけれど。”

“お心配り、ありがとうございます。
でも。

仕方ないのではなく、
これが私たち公明党の仕方、だと思います。

私は、○○さんのお気持ちを、必ず、国にお伝えしますし、
公明党地方議員3,000名は、そのためにいるのだ、と思います。

そうして集められた庶民の声は、必ず国を動かす、
ということを、私は信じて疑いません。

そうなのかどうか、ぜひ今後とも、
厳しくも暖かく見守って頂けないでしょうか。”

もちろん、後期高齢者医療制度以外にも質疑は及び、
90分の質疑は、私にとって、あっという間、であった。

いつもながら、余裕など、まったくなく。

目の前のお1人に、真摯に、誠実に。
それだけを自身に問いながら。

終了後、
羨ましきは弁舌巧みなる、を痛感しながらも。

しかし、上手な人は上手な人。
私は私らしさに忠実に、と思い直す。

早速、明日。

今日、皆様から承ったお声を、私の思いに代えて。
庶民の声は必ず国を動かす、と信じるがゆえに。

しっかりと、きっちりと、
国に伝えてまいりたい。


2008-04-28

リラックスのつもりが、宿題また1つ

午前、部局折衝。
午後、県民相談。

そして夜は、小説2冊を一気読み。

「流星の絆」 (東野 圭吾 著)と、
「ジーン・ワルツ」 (海堂 尊 著)。

十分に元は取れ、おつりがくるほどグー、
であった。


前者について。
帯広告を検証すると。

“最後の救いが胸を熱く打った。”(40代男性・会社員)
“圧倒的な爽快感でした。”(30代女性・サービス業)
“期待を裏切られた。いい意味で。”(20代女性・フリーター)

この辺り、わかる、わかる、その気持ち、である。
で、もし、私がコメントを出すなら、たぶん。

“込み上げたい方、ラストページを、待て。”(40代男性・自由業)
というところだろうか。

本体価格1700円のうち、1600円分くらいの価値が、
最後の1ページに集約されているといって過言ではない、

とは、極めて個人的な感想である。

ちなみに。
議員という職業は、自由業にカテゴライズされるらしい。

私も、最初聞かされたときは驚いたが、
今は、いろんな意味で、なるほど、である。

さて、後者について。
こちらは、とにかく、シリアス。

著者が現役勤務医だからこそ、描写可能な世界だろう。

不妊治療、人工授精、代理母出産、
という繊細なモチーフをプロットに散りばめ、

医学と医療の間にある、深くて暗い溝を照らし、
医療崩壊の次にくるものを予感させられる、意欲作と思う。

厚労行政に今ある課題の本質を、見事に突いていて、
政治に携わるものの1人として、静かに、唸らされた。

休日前にリラックス、のつもりが、宿題また1つ、となる。

結局、政治は生活そのもの、と思う。

暮らしの中で、最近、何をしていても、
そこに課題がないか、探してしまう自分がいるのである。


2008-04-27

おじさん、がんばるけん

今日は、

気になる2つの選挙の日、である。
しっかり行方を注視してまいりたい。

もう1つ、息子の9歳の誕生日でもある。
しっかり責任を持って育ててまいりたい。

さて。
先週の日曜日の話。

どうもわが家は、
息子とその友達の、放課後と休日の拠点になっているようで。

家内から、朝、

“用事があるので、夕方、子どもたちを遊びに連れていってほしい”
との、お達しがあった。

有無を言わさぬ響きあり。
昼下がり、いざ、グローブとボールを持って、息子が通う小学校へ向かった。

日曜日って、結構、子供たち、遊びに来ているものだなー、
と思いながら息子を見ると。

同級生やら、先輩やら、気になるのだろう、
こちらが保護者同伴であることが、少し恥ずかしい様子であった。

知らない間に、成長しょーる、しょーる、である。

で、キャッチボールをしようと思っていると、
鉄棒の逆上がりができないので練習したい、という。

おー、やってみ、やってみ。

見ると、最近の小学生は、
補助板のようなありがたい道具まで用意されているらしい。

1回、2回、5回、10回とトライを始めるが、失敗の連続。
それではムリだろう、と私は思わず立ち上がり、お手本を見せた。

軽いめまいがした。

逆上がりついでに、前回り、後ろ回り、膝掛回り、
と回りに回り、目の前を、久々に星が飛びまくるのであった。

さて、自慢ではなくて、ちゃんと教えろ、であった。

自分ができることと、人をできるようにすることは、全く別ものである、
ということが、痛いほど身に沁みた。

鈍くさいながらも、それでも、何回かに1回できるようになった頃、
息子の友達たちがやってきた。

“おまえんとこの母さんが、小学校におるよったけー、来た”、と。

それから、みんなとキャッチボールを楽しむこととなったが、
この子らの辞書には確実に、疲れる、という文字はない。

そう確信した私は、おもむろに、
“おじさん、ちょっと用事があるけん、帰ろーわい”、と。

疲れた、とは決して言わずに、フェイドアウトするのであった。

そして。

キャッキャ言いながら、いつの間にか、
次の遊び場所へ消えていったキミらのために、
おじさん、がんばるけん。

そんな気持ちがみなぎってしかたがない、おじさんなのであった。

��写真は、息子の逆上がり練習風景。)


2008-04-26

皆で考えた結論は、草の根対話

夜、手づくりの資料を携え、
久万高原町に向かった。

今日は、月に1度の党員会である。

お土地柄により農業関係者が多く、
ちょうど日も長くなり始めた今は繁忙期、と伺った。

そうした中を、お集まり頂いた皆様である。
感謝の思いで、与えられた任を精一杯務めさせて頂いた。

今日は、あらあじめのご要望により、国政の行方について。

といっても、実際。
それは、誰にもわからないに違いない。

そういう、予言とか占いの趣旨ではなくて。

現時点における重要な政治課題を真ん中において、
私たちを取り巻く政局が今どのような状況にあって、

今後の政治日程を考えると、
どのような展開が想定されるか。

その中で、
私たち公明党にはどういった戦略と行動が必要か、

ということを、
皆で考えましょう、というものである。

こうしてまとめると整然としているが、要は談義、である。

難しい専門用語は、身の丈言葉に置き換える。
複雑な状況説明は、身近なたとえ話に置き換える。

すると、

“そういうことじゃったん”、
“そりゃあ、何とかせんといけんわい”、

と、自分ごとになる。
自分はこう思う、と意見が出てくる。

賛否も、硬軟も、さまざまな意見が飛び交い、
気づけば終了予定時刻となっていた。

自分を他人に置き換え、当事者に置き換えたとき、初めて。
政治は血が通ったものになるのだ、と思わずにいられない。

こうして、今日も、私は。
皆様から、草の根対話の重要性を、教えて頂いているのだ。

私たち公明党にはどういった戦略と行動が必要か、について。
ここでは、戦略は措くとして。

必要な行動を皆で考えた結論は、まさに、草の根対話、であった。
それは、遠回りのように見えて、最も確かな行動、に違いない。

自ら率先あるのみ、と決意しながら。

すっかり夜の帳も下りて、
ひんやり肌寒い久万高原町を、家路についた。

��写真は、安田 侃 作 「意心帰」 at 東京ミッドタウン。)


2008-04-25

県民相談は、365日360度対応

終日、県民相談に関する部局折衝に動く。
息つく暇もなくスピーディに、日が暮れた。

今日が週末であることも、
明日から人によっては大型連休に入ることも。

そういえば、と今頃気づく。

気づきついでに、
リフレッシュという単語を何年かぶりに思い出した。


そういえば、結婚以来、ゴールデンウィークに、
家族でのんびりできたためしが、なーい。

今年こそは、とも思うが、この時点でまったくの白紙。

結局。
父親の仕事が疎かになっている、との自省に行き着いた。

さて、本日の部局折衝である。

私たち議員は、日頃、
県民の皆様から様々なご相談ご要望を承る。

ひとくちに県民相談といっても。

都市部に住み、島嶼部にすみ、中山間地域に住み、
あるいは生活者であり、消費者であり、労働者であり、

父親であり、母親であり、子どもであり、患者であり、
と、
老若男女あらゆる方々の、あらゆる側面を持っている。

したがって、県民相談に対する私たちの姿勢は、
“365日360度対応”、でなければならない。

少なくとも、サービス業出身の私は、そう確信している。

おかげさまで。
有難くも、というか、恵まれているというか、最近。

部局担当者との間で、そうした思いを共有して戴けてるな、
と実感することが多々ある。

具体は伏せさせて頂くが、特に某部局は、対応が早い。
早いばかりではない。

対応方針、経過報告、事後報告、という念の入れようと的確さに、
いつも驚かされ、その都度、感謝の気持ちが込み上げるのである。

これこそ、真の行政サービスだな、私もかくあれかし、
といつも学ばせて頂いている。

その一方で、残念としかいいようのない場面もある。
いわゆる、お役所仕事に、出会ったときだ。

全庁意識が、相対的に良い方向へ変化していく中で、
かえって色濃く、際立って映る。

時代の変化に追いついてほしい、と思う。

そして、政でも官でもなく。
すべては県民本位、という信念に立ち。

共に汗をかきながら、
愛媛の新時代を拓いていきたい、と思う。

��写真は、4/23市内党員会でのご挨拶風景。)


2008-04-24

政治は、ねじれるより、走れ

早朝、一路、今治へ。

10:00、今治市役所にて石井市議と合流し、海を渡り。
向かったのは、私の故郷・伯方島である。

手帳を見ると、3ヶ月ぶりであった。

お申し出の方々による県民相談と視察を兼ねてであったが、
それらは当時、私自身、身をもって辛い思いをしたことであれば、
まったく痒い所に手が届くほどに、事情がよく理解できた。

善処を約した、その場所は、伯方中学校。
つまり、私の母校である。

卒業以来、初めて、門をくぐった。
同行の方々には悟られないよう、1人感動に包まれた。

ジーン。

今でもたまに夢に出てくる、
あの、校舎と中庭と校庭のぼんやりが、くっきりに変わった。

ぜんぜん、変わってなーい。
どうぞこのまま、と思いたいが、少子化の波はそれを許してくれない。

今年度からお隣の西伯方中学校と合併がなされ、かつ、
2学期からはいよいよ新校舎へ移転する、というのだ。

これが見納めになるかもしれない、と思うと、無性に寂しくなった。
デリケートな生徒にとってはなおさらであろう、と思うと心も痛む。

しかし、旧両校の生徒には、気持ちを前向きに切り替え、
新時代建設の息吹に燃えて、勉学とスポーツに勤しんで頂きたい、と思う。

まっさらな校舎もグランドも、そして未来も、
間違いなく、キミたちのものなのだから。

さて。

その後、石井市議と今治市内中心部に戻り、数ヶ所の視察を行なった。

なるほど。
当事者でないと、そこで暮らさないと、見えてこないことばかりである。

あらためて私たち公明党は、生活現場主義者でなければならない、と思った。

次いで、企業訪問を行い、役員幹部と地元情報を交換した。
ここでも、原油高騰問題が大きく影を落としているのである。

もはや、グローバリゼーションが影響を与えない企業も個人もない、
と思えるほどに、切実な現実で戦う、民間企業の必死さを痛感する。

面談の佳境にて、景気回復の実現を急がねば、と思う。
ねじれている場合ではないのだ、と怒りが込み上げてきた。

貴重なひとときを謝し、訪問先を辞した後、石井市議と別れ、1人松山へ。
帰り道の北条にて党員さんを訪ね、そのまま夜の支持者会合に駆けつけた。

いかにも、走った1日。

そして、
見て、聴いて、考えて、感じて、対話した、どの場面1つ取っても。

その解決に向けたプロセス全体が、政治そのものなんだ。
政治のパフォーマンスは、十分条件ではあっても必要条件ではないのだ。

そんな気持ちが、心の底から、湧いてくる。

小さな確信が、少しづつ大きなものになっていく。
生きた勉強をさせて頂いていることに感謝したい、と思う。

��写真は、新・伯方中学校の門標。)