2008-06-07

政治に対する、経済学の有効性について

連日の対話の間に、読んだ本。
「闘う経済学」(竹中平蔵氏 著)。

竹中氏といえば、
小泉内閣の経済財政政策の要であり、

悪く言う人にあっては、
格差社会を引き起こした市場原理主義者、である。

が、私は彼を、
きわめて優秀なエコノミストとして評価したいし、

一連の著作に目を通せば、
そういうレッテルを貼る勢力にウンザリ、の感を抱いてしまう。

で、同著だが。

彼が、小泉元総理に任用された時から、
その本分である経済学をもって、政治とどのように闘ってきたか、

というプレビューであった。

総括などとてもできないので、インデックスを紹介したい。

まず、ケインズ的常識との闘い。

ケインズ政策とは、
いわゆるマクロ経済学における、総需要管理政策のこと。

まず彼は、バブル崩壊後当時まで続いたこの常識と、闘った。

次に、増税論との闘い。
これは今、自民党清和政策研究会にしっかりと引き継がれている。

そして、金融危機との闘い。
いわゆる不良債権処理である。

バッシングの中、ほとんど力技、によって金融再生プログラムを実施し、
2002年時点で8.4%だった不良債権比率が、今では1%台となった。

続いて、失業との闘い。

言い換えれば、どのように産業を発展させるか、だが、
経済学的に結論すると、所得弾性値の高い産業にシフトする、となる。

が、これは、今も足踏み状況だ。

続いて、役人との闘い。

道州制・地方分権を志向する流れにあって、国・地方ともに、
総論賛成・各論反対で、それを許さない役人との闘いは壮絶、と。

続いての既得権との戦いは、いわゆる郵政民営化、である。
そういえば、竹中氏は郵政民営化担当大臣でもあった。

次に、抵抗勢力との闘い。

それまでの官主導から官邸主導の流れを作り、
経済財政諮問会議による骨太方針は、ここから始まった。

そして、千変万化の政治と闘い、権力と闘った、という同著は、
彼の5年間にわたる自叙伝であり、あらためて、

政治に対する経済学の有効性、を思い知らされた気がした。

これから国政を志す方には、
格好のルールブックでもあり、

私のように、経済学部出身ながらその自覚に乏しい方には、
あの頃の新鮮な気持ちが蘇る、若返りの書でもあろう。

ぜひ、皆様にご一読をおススメしたい、と思う。


2008-06-06

こんなこと議員の人に喋ったの初めて、に思う

夜、松山市内にて。

中予地区二輪車販売店協会様の通常総会に、
雲峰松山市議会議員とともに参加させて頂いた。

今のところ私はもっぱら四輪車で、二輪車に縁がないことを考えると、
こうしたご縁を頂けることは、実に不思議にして誠に有難い、のである。

お招きを頂いた上野会長様を始め、皆様に心より感謝申し上げたい。

考えてみると、私の二輪車愛用期間は、
小学校時代の自転車に始まり、大学時代の原付バイクでピリオド、である。

そういえば。

大学当時はまだ、原付にヘルメットは義務づけられていなかった。
今考えると、何だか恐ろしい気もするが。

で、経験がそこで止まっているからだろう、今でもたまに、
今度ヘルメット買わなきゃ、買わなきゃ、と、
恐る恐るノーヘルで原付を走らせる夢を見たりする、のである。

但し、あくまでも夢の中、だけれど。

さて、総会のこと。

先に述べた通り、そもそも、私には二輪車業界の知見が、ない。
なかった、というべきか。

しかしながら、ご縁を頂いてからこの間。

そこに業界の課題があること、
行政への切実な要望があること、

そして、

すべての経済活動は政治と切り離せないということを、
学ばせて頂いた思いがするのである。

道路行政、警察行政に、新たな視点を頂き、
あらためて感謝したい、と思う。

恐縮にもスピーチの機会を頂いた私は、
中小企業支援の立場からひとこと決意を述べさせて頂いた。

日本の全企業数の99.8%は中小企業であり、
その皆様の発展なくして、真の経済成長も財政再建もないのだから。

ここはチャンス、とばかり、
公明党の実績を少々PRさせて頂いた。

そして、引き続いての懇親会では。
様々な方から、今の政治に対するご意見をお聞かせ頂いた。

私にとっては連日の対話だが、
こんなこと議員の人に喋ったの初めて、という方が殆どであった。

ぞっと、した。
が、人は知らず。

使命ある限り、私はどれだけ対話ができるか、生かせるか。
自身への挑戦を、誓うのみである。


2008-06-05

地道、の延長線上にこそ

終日、県民相談。
夜は、支持者の皆様との対話集会にお伺いする。

なぁんだ、昨日と同じじゃん。
と、思われる方もいらっしゃるかもしれない。

でも違うんです、お相手も、中身も。

というわけで、今日の舞台は、伊予市である。

沈む夕日が立ち止まる町、で有名な双海地域。

日本一の中山栗、で有名な中山地域。

そして、
商業都市と農漁村の両面を併せ持つ伊予地域、
の内、本日お伺いしたのは伊予地域の下三谷。

支持者宅にて、日頃ご無沙汰をしている皆様と、
久しぶりの、懐かしい再会となった。

ひとしきり御礼のご挨拶を述べた後は、昨日同様、フリータイム。
皆様からのご意見は、引きも切らない。

やはり。
こちらでも、主な怒りの矛先は、政治家と官僚に向かう。

私たちの血税を何と思っているのか、と。
国民と未来に対してきちんと責任を果たせ、と。

そして。

そういう現状を打破するために、あるいは転換するために、
公明党は、もっと闘え、と。

おっしゃる通りです、とばかり私は、委細もらさずメモを取り、
語りながら、お1人お1人の表情とご心情を心に焼きつけた。

そして、私にできることを全部やりきろう、と心に誓った。

その他、お土地柄もあるであろう、昨日の松山市内とは異なり、
農業と農村の未来に対する不安が、いや増して多かった。

時間にして、約1時間。

それは、車だと、かなり遠くまで走れる長さだが、
白熱の対話となると、ほんのちょっとの長さ、だ。

また、昨日今日2日間、私が対話したその数は約100人だが、
全国ネットのテレビ番組で、アナがひとこと話せば何百万人だろう、

と考えると、焼け石に水のように、
小さく些細な2日間なのかもしれない。

が。

そうして承った皆様の声が、そして全国から集められた庶民の声が、
やがてこの国を大きく変えていくに違いない、

そしてそれは、
今日踏みしめた、地道、の延長上にこそある、と私は信じてやまない。

そんな気持ちで、皆様をお見送りし、散会となった。

あらためて。
お忙しいところをお集まり頂いた皆様に、感謝を申し上げたいのである。

��伊予市といえば夕日、といえば若松進一さん http://ameblo.jp/shin-1/ ですね。)


2008-06-04

宜しいですか?の声を皮切りに

終日、県民相談。
夜は、支持者の皆様との対話集会にお伺いする。

お忙しい中を、たくさんの方々にご参集頂き、
あらためて感謝を申し上げたい。

最初に、党本部作成の政策ビデオを上映した後、
対話集会の幕は切って落とされた。

今の政治に関すること、公明党に関することなど、
疑問も不満も不信も、すべて忌憚なくぶつけて頂く、

その1つ1つのご意見に対して。

お答えできる部分はお答えさせて頂き、
お預かりする部分は責任を持ってお預かりし、

国と地方の連携によって、政治に反映させていく、
というのが、本日の対話集会の目的、だ。

忌憚なくということだから、
前打ち合わせなしの、一問一答方式。

思わず、緊張で汗ばむ。
同時に。

議会質問も、一問一答のガチンコ式にすれば、
と、県議会を思い浮かべた。

さて。

宜しいですか?の声を皮切りに、
あちこちからご質問の手が挙がった。

そのほとんどが国に対する厳しいご指摘ばかりであり、
そのまま、公明党に対する叱咤激励でもあった。

1つ1つ真正面から、有難く受けとめさせて頂くとともに、
この声を必ず国政に反映させる基としなければならない、
と強く心に刻んだ。

それにしても、90分の時間は瞬く間、である。
時間を切らなければ、延々と深夜まで続くに違いない。

それほど積もる民意を、全国各地の民意を、確かに吸い上げ、
政策に反映し、実行し、また民意によって検証し。

そういう政治の実現を目指し、私たちは日々取り組んでいる。
そのことがやがて、政治全体で競われるような時代を拓くために。

道のりは遥かだが、今日も1歩踏み出せたかどうかを、
自身に確認する毎日でありたい、と思う。

��適当な写真がなく、イラストですみません。)


2008-06-03

透明化による、政治のイノベーション

午前、大洲市での弔問に出席。
午後、県民相談と党務打合せ。

活動について綴れない日は、読書ネタ、
というわけで、先週読んだ1冊。

��官僚国家の崩壊」。
著者は、自民党衆議院議員・中川秀直氏。

何かとその出版の思惑について、
マスコミで取りざたをされているようだが、ともあれ一読。

結論として、私が理解したのは。

明治以降、実質的に官僚が支配してきた、
わが国の、いわゆる官僚国家体制は、

政治との激しい抵抗・攻防の末、やがて終焉を迎えるであろう、
いや終焉させなければならない、という彼の決意と覚悟であった。

驚いた。

自民党から、このようなメッセージが発信されること自体、
一昔前ではありえなかった、と思うのは私だけだろうか。

もちろん、各論レベルでは容認できない主張も、ある。

特に、単純小選挙区制の導入については、
私たち公明党としては反対だ。

三乗の法則が働く中で取り残される民意をどうするのか、
本当に二大政党制でよいのか、という命題に対して、

まだ、十分にして決定的な、国民の合意が得られていない、
と思うからであり、議論として本末転倒、と思うからである。

がしかし。

官僚主導から政治主導、中央集権から地方分権へ、
大きな政府から小さな政府、という彼の文脈は、
国民の空気をちゃんと読めているな、と思う。

日々の草の根対話で、
庶民の皆様からお伺いするのは、そのことに他ならない。

ちなみに、本書のキーワードは、
劣化したエリートによるステルス複合体、であり、
それら勢力に対する戦闘メッセージ、が主題である。

言い方を変えると、透明化による政治のイノベーションだが、
この流れは歴史的にして、不可逆の流れと私は確信する。

透明、ウェルカム。
そして、政治の意思決定はすべからく、国民にあるということ。

この当たり前が、当たり前に行なわれる時代と状況を、
私たちは、立場を超えて実現しなければならない、

と思うばかりである。
そしてそれは、まず足下からと銘記し、取り組んでまいりたい。


2008-06-02

しまなみ海道を走りながら、イーグルスを聴きながら

朝、因島を出発。

松山の自宅へは、たったの2時間。
あっという間の到着、だ。

かつて、しまなみの各島では。

車をいっぱい積んだフェリーが汽笛を鳴らしながら、
ゆっくり、ゆっくりと、往来をしていた。


どれくらいゆっくりかというと、
因島から今治まで、ざっと2時間半、である。

まさに、隔世の感あり。
そして、イノベーションについて考えさせられる。

橋の出現によって、
輸送手段は、海上から陸上に、大きく置き換えられた。

それは、今まで移動の選択肢がなかった島の生活者にとって、
画期的であったろう。悲願というべきか。

なるほど生活者にとっては、
選択肢の広がりは、そのまま利便の広がりといえよう。

一方で、選択されるサービスの提供者、つまり企業側からすると、
それは競争の激化を意味する。

まさに。

あらゆる選択肢が用意される都会は、生活者にとって便利だが、
企業からすると無数の競合との、生き残り競争の舞台であろう。

そして、競争によってこそ、イノベーションは生まれる。

公衆電話が携帯電話に、フィルムカメラがデジカメに、
というふうに新たなる価値に置き換えられていったように。

それは、企業という人ごとではない、
私たちも又、地域間競争、あるいはグローバル競争の中に、いる。

他のどの県にも、どの国にも置き換えられないような、
独自の価値、新しい価値を、常に生み出していかねばならない。

シビアだが、やりがいのある時代、だ。

現に、私の周りにも、そうしたゆるぎない志を持ち、語り、
チャレンジされる方が、最近とみに増えてきたように感じるからだ。

それは、政治の世界にも、ドンピシャ当てはまるであろう。
生活者と、未来と、世界への、貢献競争、だ。

その正しい競争によってのみ、政治不信は必ず乗り越えられる、
生活者基点の政治へのイノベーションが可能となる、と強く思う。

しまなみ海道を走りながら、
イーグルスを聴きながら。

議員として真剣勝負の1日1日を、
と、頭も心も引き締まるのであった。

��写真は、因島から生名島を臨む、小さい頃の原風景)


2008-06-01

因島での、めでたい1日

私事で恐縮だが、今日はめでたい1日。
いとこの結婚式の日、なのである。

父の弟の娘さんだから、
従兄妹と書く、いとこ。

早朝、自宅を出発し、
私の生まれ故郷である因島へ、向かった。

北条の海岸線を伝い、しまなみ海道を渡り、
4つの島をスラロームしながら、AM9:00。

5つめの島で降りると、そこが因島、である。
変わらない静けさと潮風の心地よさに包まれる。

少し早い到着となったため、
幼い頃自転車で走り回った、島の半周分を回ってみた。

広く感じた通学路や大きく見えた建物も、今は縮んで見え、
遠く果てしなく感じた島の外周も、今では狭く小さく感じる。

まるでガリバーのようであるが、それは景色の話。
人生もまた、相対の中にこそ存在するのであろう。

さて、結婚式、である。

今日の私たち木村家の主役は、
私の従兄妹である、新婦である。

その新婦を送り出す本家に、親族が続々集ってきた。

ほまれ君、久しぶりじゃね。元気にしよって?
ありがと、おばちゃんも元気そうで何よりじゃが。

似たように眉毛の濃い一族で、会話の花が咲く。

その後、マイクロバスにて式場へ移動し、
チャペルでの荘厳な挙式の後、披露宴に移った。

新郎側から、地元に伝わる伝統芸能による祝いの出し物が
次々に披露され、釘づけになるほど目も心も奪われ、感動。

特に、えびすさんのお面をかぶった、めでたいな踊り。
見ているだけで幸せになった気分。伝統芸能、バンザイだ。

私もひとこと、お祝いのスピーチを贈らせて頂いた。
若いお2人とご両家ご親族に万歳、の気持ちを込めて。

そして、祝福のひとときは過ぎ、滞りなく披露宴は結ばれた。
従兄妹の門出に立ち会えたことを、本当に嬉しく思う。

その後。

本家に戻り、今度は男性従兄弟同士での談義となる。
久々の対話は終わらず、結局、新婦の弟と深夜まで、となった。

長く、そして、めでたい1日であった。

おじちゃん、おばちゃん、おめでとう!
そして、ゆりちゃん、新郎とともに、末永くお幸せに!ね。