2008-02-04

満面の笑顔に、寒さ忘れた1日

午前、環境保健福祉委員会に出席。

愛媛県地域ケア体制整備構想の策定について、
保健福祉部長寿介護課からの説明を受けた。

それは、高齢化の進展により、限られた医療資源の有効活用の観点から、
いわゆる、社会的入院という問題の解決をめざすプランといえよう。

逼迫する療養病床を、慢性・急患を問わず、真に医療を必要とする方々に提供するために、
医療よりも介護が必要とされる方々を、地域内で適切な介護施設等へ転換していく、というものだ。

平成23年度末までの間に、利用者・医療提供者・費用負担の視点から慎重に進めていく、という。
万一にも、高齢者の切捨て、介護難民、といわれるような事態とならないよう、注視してまいりたい。

午後は、平成18年度決算特別委員会を傍聴。
この日は、最終の取りまとめと採決が行なわれたのだが、前回に続いて今回も小さな波乱があった。

先輩議員の、その指摘の鋭さは勉強になった。
当該部局の根底に巣食うあるもの、と言おうか、そこに対する指摘。

県民利益にとって、排除・改善すべき点については、いささかも、馴れ合いや遠慮があってはならない。
その、議会のチェック機能が果たす重要性を、あらためて学ばせて頂いた。

その後、県民相談で各部局のハシゴとなる中で、ある方と緊迫したやり取りの場面があった。

先の委員会の波乱がどこから生じたか、ご本人が気づいかれていないところに忸怩たる思いがしたが、
今後とも粘り強く真摯に向き合ってまいりたい、と思うばかりである。

さて、夕方は。
雪ふる久万高原町に、ある壮年のお宅を訪ねた。

そして最近の、主に国政における、公明党の活動に対する不満と疑問と不信、についてお話を伺った。
ひたすら、じっくりと、耳と心を傾けて。

説得、など不遜なことはしないし、できない。
誤解を解く、というのも、こちらの正当性を押しつけるようで、少し違う。

ひとしきりお伺いした後、ご指摘に対する私の思いを、私の言葉なりで、お話させて頂いた。
また、1つ1つに対して求められる対応を模索し、協議し、そして、私にできることをお約束させて頂いた。

こうして頂くご指摘の中に、庶民の皆様が真に求める政治への糸口が必ずある、と私は信じている。

そして、それらを真正面から受けとめながら、できることを実現し、できないことは昇華していく、
愚直に、そのことに徹しよう、それこそが公明党の議員としての当たり前の義務だ、と思っている。

気づかざるを気づかせ、足らざるを足らしめ、誤りを正すのは、生活者の、庶民の、知恵である。

その皆様の声に対して、政治は不断の努力を惜しんではならないし、
私たち公明党は生活者の党として、どこよりも敏感に反応していかなければならない。

その意味で。
今日、お預かりしたその方の思いというものを、しっかりと国にも伝え、働きかけてまいりたい、と思う。

心からの感謝を申し上げ、お宅を辞し、うっすらと雪の積もった久万高原町を後にした。
帰り際の、その方の満面の笑顔に、寒さも忘れた1日となった。

��写真は、久万高原町のパウダーな、冬景色)


2008-02-03

最新鋭がん発見装置、PET-CTのこと

午後、西予市を訪ねた。
向かった先は、久しぶりの県歴史文化博物館、である。

といっても、今日は鑑賞ではなく。

14:00から開催された、県立中央病院・放射線部長である宮川正男先生の
��PET-CT(ペット・シーティー)で、がんはどこまでわかるのか?」という講演が目的であった。

実は、昨年9月議会において。

私は、がん対策の切札として、県下全域にPET-CTの普及促進を!という趣旨の質問をしたのだが、
今なおその思いは強く、今後の新たな展開を拓くヒントを探す思いで本日、参加させて頂いたのであった。

とはいえ、PET-CTって何?という方もいらっしゃると思うので、簡単にご説明すると。
実はこれ、がん発見の最新鋭装置、あるいはその画期的がん発見システムの名称、なのである。

1回の検診で全身のがんを簡単・正確に調べることができ、しかも集団検診の約20倍も発見率が高い、
文字通り、最新鋭の、がん発見装置なのである。

少しひもとくと、今、わが国では「がん」でお亡くなりになられる方々が、年間約32万人に上る。

これは年間死亡者の、ほぼ1/3、つまり3人に1人にあたるのだが、
見通しによると、今から10年後は、2人に1人が「がん」で亡くなるというのである。

そういった現状と将来予測を踏まえ、私たち公明党は、
命のマニフェストを掲げて、「がん」対策に全力を挙げて取り組んでいるところである。

そして、現時点での成果の1つとして、昨年、「がん対策推進基本計画」が閣議決定された。

そこでは、今後10年以内に、75歳未満の年齢調整死亡率を20%減少させる、という数値目標を明確に掲げており、
わが県においても、がん対策推進計画の中で、国の指針に基づき、それを目標としているのである。

であれば、そのプログラムに有効が期されるPET-CTをぜひ位置づけ普及促進を図ってほしい、ということを、
私は議会で主張したのであるが、それは今のところ国の指針にない、ということであった。

宮川先生のお話のよると、例えば、肺がんの場合を臨床結果で見ると。

集団検診での発見率は0.05%。つまり、10,000人受けて、5人見つかる計算だが、
PET-CTだと1.27%。10,000人受けたら、127人も見つかる計算になるのである。

がん治療は、早期発見に如かず、である。
がん死亡率を減少させるには、早期発見を促進させることに如かず、なのである。

早期発見できると、がんの治癒率は格段に向上する。

だから、PET-CTの普及を、と思うのだが、庶民にとっては、そのPET-CT検診費用はまだまだ高い。
約10万円もするのである。

そこで、行政による戦略的な取り組みを、というのが私の考えであるのだが。
いずれにしても、今日の宮川先生の臨床事例をつぶさに伺いながら、その意をさらに強くした。

PET-CTにより確実に、助かる命が、ある。
がんで苦しまれる、苦しまれた、あの方、この方を思い出しながら、さらにがんばりたい、と思う。

��写真は、愛媛県立中央病院放射線部長・宮川正男先生)
��PETドッグのお問い合わせは⇒ http://www.eph.pref.ehime.jp/epch/pet%20waribiki/pet%20waribiki.htm )


2008-02-02

自ら生きること、自ら掴むこと

久々に読み応えがあったなー、と思った1冊。
タイトルは、「日本、変革」(田原総一朗著/ダイヤモンド社刊)。

ついつい。

��ニッポンが見えてくる世界一エキサイティングな授業」というサブタイトルと、
��藤原和博」「竹中ナミ」というクレジットタイトルに釣られてしまったのだが。

みごと、大正解。

文字通り、誌上授業を体験できたし、エキサイティングが詰まっていて、
こういう講義がライブで受けられる学生たちが、本当にうらやましく思えた。


その講義というのは、早稲田大学の大隈塾のことで、
塾頭は、ご自身、同大学OBの、あの、田原総一朗さんである。

先の読めないこの時代に、生きるとは何かをつかむこと、を目的として、昨年4月に開塾。

毎回、塾長らが、これはまさに先輩としてすばらしい、と思う人たちをゲストスピーカーに迎え、
私はこのように生きてきた、という具体的な生き様を語って頂く、という講義スタイルである。

弊ブログにも綴らせて頂いた藤原校長や、ナミねえ、の生き様が持つ説得力はやっぱり圧巻なのだが、
今回、初めてその存在を知り、私が格別に感銘を受けたのは、次のお3方である。

有機のがっこう土佐自然塾・塾長の山下一穂さん( http://harehore.net/ )と、
みやぎ食育の里づくりアドバイザーの結城登美雄さん( http://www.ruralnet.or.jp/ouen/meibo/243.html )と、
㈱ハッピー代表取締役の橋本英夫さん( http://www.kyoto-happy.co.jp/index.html )。

おこがましく論評するつもりはないし、そもそもできないのだが。
私は、その生き様に、引きずり込まれるような感銘を受けたのである。

山下さんは、元学習塾経営者。
ひょんなことから行き着いたのが農業で、山下農法といわれる有機農業の伝道者となった。

結城さんは、元広告会社社長。
東北の田舎を歩きぬいた末、食から地域を考える地元学を提唱し、その実践者となった。

橋本さんは、元サラリーマン。
世界を視野に、クリーニングからダイレクト・ケア・メンテという新たなマーケットの開拓者となった。

なった、としているが、ご本人方いわく、まだまだこれからであり、現在急ピッチ進行形、なのである。

お3方とも、元ナニナニから紆余曲折を経て、伝道者となり、実践者となり、開拓者となられたわけだが、
その紆余曲折の中で、まさに自ら生きることの答えを、自らで掴まれた点において、見事に一致していた。

朴訥だったり、ひょうひょうだったり、荒っぽかったり、その語り口はまちまちだが、決してぶれない信念があった。
教えてもらうのではなく、生き方は自ら建てるのだ、そんな、人生に対する揺るぎなさ、を感じたのである。

そして振り返って自分はどうか。
と考えたとき、今までの自身に対して思わず闘志がかきたてられたのであった。

そんなエキサイティングな読後感。
結局、最後までサブタイトルの通り、だったのである。


2008-02-01

ある社長から見た、今の政治のこと

午後、企業訪問を行なう。
ある社長とのお話が、特に印象に残った。

いくつかある中で、今、マスコミを賑わせている道路特定財源についていわく。
それは騒動であって、本質の議論には到底見えない、と。

にこやかにして、実に、手厳しいのである。

本則税率への上乗せが30年以上も続いたら、それは普通、暫定とは呼ばない。
時代も物価も異なるのだから、最初に議論すべきは本則税率のほうではないか。


あらかじめわかっていたはずなのに、期限切れ間際でのドタバタ劇。
見苦しい上に迷惑するのは国民、開いた口がふさがらない。

道路行政に一定の財源が必要なことは百も承知だが、
次々に浮かび上がる国の不祥事を聞くにつけ、ムダはまだまだたくさんある、と思わざるを得ない。

ムダの定義が難しいことはわかるが、それぞれの主観を戦わせても合意は得られない。
この際、期限を切って、合意が得られるような抜本的な議論を行なって欲しい。

まくし立てるように、ご意見は続いた。
おっしゃるとおりだな、と1つ1つ相槌を打ちながら、受けとめながら。

そうした状況の中で、私たち公明党が考え、取組んでいることを1つ1つ語らせて頂いた。

どこまでご理解を頂けただろう、と思いながらも、
私たちがめざすものへの共感の拡大は、対話した数とその深さだけであることを、つくづく思う。

社長に限らず、様々な企業の方々と対話を進めていく中で。
この部分は容認できないけれども、その部分は誤解から理解に変わった、ということがある。

完全合意でなくともよい、部分合意をどれだけ見出せるか。
それらをつないでいくと、まったく別の新しい合意がどこかに見出せるかもしれない。

政治は技術、とは先哲だが、まさしく政治家には。

支持者の皆様はもちろん、議員間、理事者間にあっても、合意を見出だすための技術が必須だし、
それは対話によってのみ、またその場数と苦労した分だけ、力量として醸成されるのであろう。

また、ある社長とは、中国産ギョーザの話題から見えてくる、疑心暗鬼の日本、という話になった。

日本人として。

また、確実に肝心なものを喪失し、あらゆる分野で不信が渦巻くこの時代にあって、
どのように信を回復させるのか、信じることの素晴らしさを実感できる世の中にしていくのか。

個別の法案も重要だけど、国民にとっては、そっちのほうが遥かに重要なんですよね。
そこを政治は言ってみせ、やってみせて欲しいんですよね。

そうです、そうです、その通りです。
と、ここが、まさに対話の、肝であった。

両社長をはじめ、訪問先では厳しいご意見とともに温かいご激励をたくさん頂いた。

がんばるしかない。
月並みだが、目の前の、私にできることから1つ1つ、がんばるしかない、と強く決意した。

��写真は、子どものお風呂のおもちゃ。その口のカタチが、がんばれ、に見えた。)


2008-01-31

初めての予算要望、に思う

1月も、今日で終わり。早い早い。

午前、わが会派の予算要望書を加戸知事に提出した。
正式には、平成20年度当初予算編成に関する要望書、である。

まだ議員経験が1年も満たない私にとっては、
年に1回しか行なわれない行事はすべて初体験であり、今回もそうであった。

会派の笹岡・豊田両先輩とともに応接室に通され、ご挨拶を行なった後、
知事とともに居並ぶ県幹部職員各位を前に、私の方から要望書を読み上げさせて頂いた。

この要望書のもつ意味は大きいぞ、重たいぞ、
と頭の中でグルグル考えながら、20分間一気にしゃべりつづけると、のどが、カラカラになった。

はたして、それは、県民の皆様の声を細大漏らさず、きちんと網羅できているだろうか。
また、庶民を代表する会派としての視点に、明確に立脚できているだろうか。

この間、個々で考え、また、会派として議論を重ねてきた集大成でもある私たちの要望書は、
行政カテゴリ全般にわたり232項目、内、重点52項目という内容となった。

朝から、各会派順で立て続けに要望を受けられる加戸知事も、少々お疲れのご様子だったが、
ぜひとも実現に向けた前向きの検討をお願いしたいと思う。

さて、初めての私の所感はというと。
なるほど、年度当初予算はこのような手続きを経て成立していくものか、ということである。

そして、手続きは、踏んだ。
で、次の瞬間、思ったのは、その後は?ということである。

各会派から預かった膨大な要望を、今度は理事者側にて検討を行い、
それを次の2月議会に来年度予算案として上程するのである。

が、はて?
この3週間くらいの短期間で、そういった検討がはたして可能なのだろうか。

あれかこれか、を強いられる究極の財政難の中で。
前例踏襲も部局権益も乗り越え、優先順位をつけ取捨選択をしながら。

会派を通じた県民の皆様のご要望が最大化されるような経営資源・財源の配分が、
はたして本当に可能なのだろうか。

その議論は、すさまじいバトルになることは容易に推察できるのである。
そんなふうに考えると、なんだか予定調和の感がしなくもない。

であればどうすれば、ということを考えなければならないし、
それは、おそらく県民本意の、抜本的な議会改革の話につながってもこよう。

まだ駆け出しの身ではあるが、その視点を決して忘れることなく持ちながら、
今、目の前に直面する1つ1つのことをしっかり受けとめてまいりたい、と思う。


2008-01-30

足下を掘れ、そこに泉あり、を思う

午後、高知市で開催された、中小企業基盤整備機構(略称:中小機構)四国支部主催の
��地域資源活用フォーラムin高知」に参加した。
��ご参照URL⇒ http://www.smrj.go.jp/chiikishigen/jimukyoku/shikoku/033082.html )

地域活性化特別委員会に所属する私にとって、
いくつもの触発と感動、そして、ある種の確信を得た、実に貴重なひとときとなった。

フォーラムは、㈱玄 代表取締役の政所利子氏による基調講演から始まった。
テーマは、「四国ブランド活性化戦略」。


濃密に、感動した。
おそらく今。

国民・県民の皆様が、あるいは生活者が、最も聞きたいのは、こういう話なんだ、
つまり、私たちにもできる、という希望とか予感、そんな気持ちにさせる講演であった。

へき地から限界集落まで、いわゆる田舎と呼ばれる、地方の私たちには、ナイ、がいっぱいある。
お金がナイ、仕事がナイ、学校がナイ、病院がナイ。

そのナイナイづくしの中で、最大の課題は、人材がいないこと、と巷間いわれるが、
そうではない、と政所氏はキッパリ否定する。

人材はいる、ただ、活躍の場がないだけだ、と。

もちろん、その場は与えられるものではない。
かつて全盛時代の公共事業や補助金事業という幻想は、完全に捨てなければならないであろう。

与えられるのではなく、自分たちで創っていく。
そのことが時代の要請であり、地域活性化の前提なのだ。

そして、その活性化の本質は。
地域固有の資源を地域住民が主体となって掘り起こし、地域外から魅力ある経営資源に転換させること、と氏はいう。

完全に、同意するし、そのことは機会あるごとに私も訴えてきた。
今後さらに呼びかけを強めながら、1つでも2つでもカタチあるものにしていきたい、と強く思うのである。

土壇場から元気になった事例は、全国にこんなにもあるのか、と釘付けで講演を拝聴する中で、
高知県津野町のエピソードが出てきた。

廃校を利用した農村交流施設「森の巣箱」という取組みだ。
どうやって、と思うほど全国からお客様が訪ねてくるのだそうだ。
��ご参照URL⇒ http://www.town.kochi-tsuno.lg.jp/kanko_manabu.html )

あっという間の興味が尽きない基調講演に続いて行なわれたのは、パネルディスカッション。

��素材とマーケットの出会い」と題して、私の元上司である三井文博氏のコーディネートにより、
基調講演の政所氏と、観光カリスマ百選に選ばれた、知る人ぞ知る3氏(下記参照)で行なわれた。

そのうちの1人は、わが愛媛・旧双海町が生んだ、あの若松進一さんである。
お約束どおり、会場は、爆笑の渦、である。心からの感動とともに。

その観光カリスマ3氏の成功事例に共通するものは、何だったか。

それは、今ここにあるもの、つまり地域固有の素材に、新たな価値と解釈を与え、
小さな共感の輪を身近から地道に広げながら、新たなマーケットを拓いてきたということであったろう。

地域活性化は、新たなマーケットづくり。

地域資源の活用による、従来でも既存でもない、新たなマーケットは何か、考え続けたいし、
今日得た、心に広がる感動と希望を、県下の1人でも多くの方に広げていきたい、と思った。

帰り道、高知自動車道のトンネルをいくつも抜けながら。
足下を掘れ、そこに泉あり、との先哲の言がふと浮かんだ。

��写真:左から、
中小機構四国地域支援事務局GM・ADK四国支社長 三井文博氏、
〈http://www.smrj.go.jp/shikoku/index.html〉〈http://www.adk.jp/index_ja.html〉
㈱玄 代表取締役 政所 利子氏、
〈http://www.kouryu.or.jp/hitodukuri/iinprofeel/Profeel_mandokoro.htm〉
農事組合法人伊賀の里モクモク手づくりファーム 専務理事 吉田 修氏、
〈http://www.moku-moku.com/〉
夕日のミュージアム名誉館長 若松進一氏、
〈http://yuuhi.jp/〉
馬路村農協代表理事組合長・馬路村観光協会長 東谷望史氏
〈http://www.yuzu.or.jp/〉)


2008-01-29

格差社会は、分断社会

県民相談、種々。
心が重たくなるときも、ある。

最近読んだ潮2月号の記事もまた、重たいテーマであった。
タイトルは、格差社会が生んだ“影”。

ベストセラー「下流社会」の著者でマーケティング・プランナーの、
三浦展(みうらあつし)氏による寄稿記事である。

もはや否定できない、事実としての日本の格差社会は、なぜ生まれたか。
彼は、アメリカ型のネオリベラリズムを受け入れたことを主因に挙げる。

それによって、新たな階層集団が出現し、その現象を、彼は、下流社会と名づけた。
が、所得が低い人々が増えた、という下層社会を指しているのではないらしい。

下流社会と名づけ、彼が提起したものは。

あくせく働いて年収500万円を稼ぐより、300万円でもいいから楽に人生を送りたい。
そんな価値観をもつ人、総じて人生への意欲が低い人、が増えてきた現象であった。

そういえば、と気づかされる。

同著が上梓されたのは2005年だが、その少し前、失われた10年の間に、
私の回りでもこうした価値観が広がりつつあるな、ということは感じていた。

さすが、若者の価値観研究を続けてきた、元アクロス編集長である。

話しを戻すと、その下流社会、あるいは生じた格差社会について。
問題は、労使あるいは正社員・非正社員の分断による日本人としての一体感の弱体にある、と。

たとえば。
フリーターを怠け者と思う正社員と、つまらない仕事を正社員はよく我慢してやってるな、と思うフリーター。

本当は、同じ時代の中を互いに苦しんでいるという共感を持つべきなのに、そこに接点がないという現実。
その通り、と思う。

そこここに大きな溝を生む格差社会は、換言すると、分断社会といえそうだ。
正規雇用と非正規雇用、都会と地方、高齢世代と現役世代、そして、政治と庶民。

不満とか、不信とか、対立という、この溝を、どのように埋めていくか。

そして、その溝は。
どのような共感を成立させるかという、他でもない政治課題である、と痛感する。

マーケティングが事実と仮説から出発するならば、
生活者が直面する様々な困難の事実から、政治はどのような仮説を立てるか問われていよう。

今日も、自身の宿題の重さと大きさを思うばかりであった。