2008-06-11

まもなく6月議会、あれから1年

午後、部局より
6月議会への提出議案説明があった。

予算事情をくっきりと反映して、そのほとんどが、
国の法律改正に伴う条例改正と専決処分の承認・報告、であった。

とすると。

県政チェック機能としての、今議会の質問戦は、
各会派・議員諸氏が、どの分野にどのように踏み込むか、


そして、各種委員会では、
議員個々人が、所管事項の何を取り上げ、どう切り込むか、

まさに、日頃の政務活動の視点と中身が問われそうで、
大いに注目したい。

今回は残念ながら、私は質問に立たないが、
その分、常任・特別委員会に注力して臨みたい、と思う。

思えば、1年前の6月議会。
私にとって、当選後初めて経験する、定例議会であった。

そして、いきなり、一般質問の機会を頂いたわけだが、
当時のブログには、戸惑いがありありと綴られている。

“当日、寝坊をして、遅刻したらどうしよう。
制限時間をオーバーして止められたら、どうしよう。

野次に翻弄されたら、どうしよう。
手元原稿を控室に忘れたら、どうしよう。”

頭のてっぺんからつま先まで全部、どうしよう、だらけ。
どうしようもない恥ずかしさと、懐かしさではある。

そうした洗礼を受けながら、
まもなく2回目の、6月議会を迎える。

そう、ここから議員としての2年目が始まるのだ。

新人であることに変わりはないが、
成果も変わりない、はNGであろう。

1年目より、1つでも2つでも多く。

県民の皆様に評価頂ける、確かなる成果を、
しっかりと積み上げてまいりたい、と思う。

そのためにも日々の政務活動に、緊張感と、
きちんとした角度を持って、取り組んでまいりたい。

��写真は、昨年6月議会の初登壇風景。緊張してます。頬がこけてます。)


2008-06-10

ワークライフバランス、を考える

「論争 日本のワーク・ライフ・バランス」、
��日本経済新聞出版社刊)、を読んだ。

同著は、昨年8月に開催されたシンポジウム
��ワーク・ライフ・バランスと男女共同参画」、の誌上再現企画で、

大学教授、シンクタンク専門員など10人近い専門家が登場し、
各テーマごとに、かなり熱いセッションを行なっている。

さて、この、ワークライフバランス、という言葉。
なんとなく一気に、市民権を得つつある感がある。

言うまでもなく、それは、
ワークとライフをバランスさせよう、という考え方と取り組みを指し、

これまでのワーク or ライフ、
つまり、子育てを含めた、家庭を取るか仕事を取るか、

といった択一の時代から、
多様な選択が可能な時代をめざすものである。

知見の乏しい私には、なるほど、がいっぱいであった。

少子化問題は、ワークライフバランスに起因し、
かつ密接に、男女共同参画の進捗とリンクする、のである。

男性もそうだが、特に、女性にとって。

家庭を取るか仕事を取るか、どちらかを選択せざるを得ない、
あるいは、

いったん家庭を取ったら、再びかつてのような仕事に就けない、
という体制では、

晩婚化・非婚化が必然的に生じ、
結果、少子化とならざるをえない。

とすると、これは明らかな社会問題なのだが、
今までの政府の取り組みは、どちらかというと、

このままでは、将来の労働力が確保できない、
といった経済的発想に基づくものが主であった。

そうではなくて、少子化対策は、

男女ともに、ライフ、すなわち、家庭とか私生活とか、
そこが多様に柔軟に選択できるしくみをどう作っていくか、

ということと、

そのためには、それを互いに認めあい、理解しあう心を、
社会を構成する1人1人と全体に、どのように広げていくか、

という、ヒューマニズムに基づかねばならない、
もっというと、

1人1人の子どもの人権を経済に優先させる、
チャイルドファースト社会の構築と表裏でもある、

と私は理解したが、この、ワークライフバランス。
考えるほどに、奥が深い。

もっと現場を知り、研鑽を積む必要性を、痛感するばかりであった。


2008-06-09

かけがえのないものへの、温かな眼差し

終日、県民相談。

部局をハシゴし、市内を回る中で、
かけがえのないもの、について考えさせられた。

100円の価値、の大きさ。
少数意見、の重さ。

生活価値の、大小軽重は、
決して杓子定規では計れない。


そんな当たり前を、
かけがえのないものへの温かな眼差しを、

政治は忘れてないだろうか。
世の中は失っていないだろうか。

綴るのもつらいが、
昨日、秋葉原でとんでもない事件が起きた。

人間の命は地球よりも重い、はずでなかったか。
慙愧に耐えないし、許せないし、悔しい。

被害者、ご家族、関係者の皆様に、
心よりご冥福をお祈りすると共に、決意したい。

悲劇を2度と繰り返させない社会になること、を。

これから、事件の原因究明が進んでいく中で、
社会的な誘引因子と課題が浮き彫りになっていくだろう。

教育のあり方、労働の価値不全、コミュニティの不在、
日常のバーチャル化、人間性の喪失、というふうに。

それらは取りも直さず、日本と日本人の将来にとって、
きわめて重要な政治課題である。

冒頭に戻るが。

100円玉1つ、1,000円札1枚で、圧迫感を感じ、
また、一喜一憂する生活者がいらっしゃる、ということ。

お会いすれば、それがどういうことか、
国会議員にも、官僚にも、肌身で伝わってこよう。

誤差のような小さなこと、ではない。
単に、経済的弱者のことでもない。

かけがえのないものへ、温かな眼差し。

何の議論よりも先に、政策決定の前に、政治家は、
自身の胸のうちに、その確かさを問わねばならない。

どこまでも、生活者が、起点。

そこから出発し、そこで考えたことを実行し、そこで感じる。
その繰り返しを、使命ある限り、自身に課してまいりたい。

��写真は、昭和46年発行の100円玉。37年間巡り巡って、今は、私のところ。)


2008-06-08

テレビの影響力、を考える

朝、自宅を出発した後、
この日は終日、今治デー。

支持者の皆様との対話集会に、
午後、夜と、参加させて頂いた。

今日は日曜日だから、
普通は予定を入れるはず、なところを、
実に多くの皆様が駆けつけてくださった。

その皆様に対して、
議員として与えられた仕事を、きっちりやりきろう。
そんな気持ちでいっぱいに、なる。

さて、まず昼の部。
ご意見の半分近くが、国のムダとモラルに関する批判であった。

そして、夜の部。
こちらはご意見の殆どが、公明党に対する厳しい叱咤であった。

そのいずれも、熱のこもった、本音のご心情である。
有難く、真正面から受けとめさせて頂いた。

連日の感想とダブらないように、
違った角度から考えてみると。

私は今週、3つの市で4つの対話集会に訪れたが、
対象は、いずれも中高年の壮年であった。

おそらく最も政治不信の強い層、と思われる、そうした方々に対する、
テレビの影響力の凄まじさを、あらためて思い知らされた気がした。

それが、いずれの会場でも感じた共通点。

そうした皆様から支持を頂くために、
私たちは、あるいは、これからの政治は。

間違いなく揺るぎなく、テレビの活用ということを、
広報の本質部分に戦略的に、組み込まなければならない。

広告ではなく広報、
コマーシャルではなくブランディング、である。

ともかく、そう思った。

それは、いわゆる、空中戦でもある。
苦手とか、パフォーマンスとか、言っている場合ではない。

そこが生活者と政治の、決定的タッチポイントなのだから。
彼らの視点で言うと、そこが主戦場なのだから。

それとは別に、個別的に大きなインパクトを受けたことがある。
愛媛公明党の課題として、真剣に取り組んでまいりたいと思う。

合計3時間で、約30問答。
ということは、1つの意見交換に約5分。

こうしてみると、かなり矢継ぎ早であり、
3時間があっという間、というのも頷ける。

一切終了後、皆様をお見送りし、そして、家路についた。
疲れてはいられない。

何ページにも書き連ねたメモを、
レポートに仕上げる仕事がまだ残っている。

��写真は、本日のレポート。)


2008-06-07

政治に対する、経済学の有効性について

連日の対話の間に、読んだ本。
「闘う経済学」(竹中平蔵氏 著)。

竹中氏といえば、
小泉内閣の経済財政政策の要であり、

悪く言う人にあっては、
格差社会を引き起こした市場原理主義者、である。

が、私は彼を、
きわめて優秀なエコノミストとして評価したいし、

一連の著作に目を通せば、
そういうレッテルを貼る勢力にウンザリ、の感を抱いてしまう。

で、同著だが。

彼が、小泉元総理に任用された時から、
その本分である経済学をもって、政治とどのように闘ってきたか、

というプレビューであった。

総括などとてもできないので、インデックスを紹介したい。

まず、ケインズ的常識との闘い。

ケインズ政策とは、
いわゆるマクロ経済学における、総需要管理政策のこと。

まず彼は、バブル崩壊後当時まで続いたこの常識と、闘った。

次に、増税論との闘い。
これは今、自民党清和政策研究会にしっかりと引き継がれている。

そして、金融危機との闘い。
いわゆる不良債権処理である。

バッシングの中、ほとんど力技、によって金融再生プログラムを実施し、
2002年時点で8.4%だった不良債権比率が、今では1%台となった。

続いて、失業との闘い。

言い換えれば、どのように産業を発展させるか、だが、
経済学的に結論すると、所得弾性値の高い産業にシフトする、となる。

が、これは、今も足踏み状況だ。

続いて、役人との闘い。

道州制・地方分権を志向する流れにあって、国・地方ともに、
総論賛成・各論反対で、それを許さない役人との闘いは壮絶、と。

続いての既得権との戦いは、いわゆる郵政民営化、である。
そういえば、竹中氏は郵政民営化担当大臣でもあった。

次に、抵抗勢力との闘い。

それまでの官主導から官邸主導の流れを作り、
経済財政諮問会議による骨太方針は、ここから始まった。

そして、千変万化の政治と闘い、権力と闘った、という同著は、
彼の5年間にわたる自叙伝であり、あらためて、

政治に対する経済学の有効性、を思い知らされた気がした。

これから国政を志す方には、
格好のルールブックでもあり、

私のように、経済学部出身ながらその自覚に乏しい方には、
あの頃の新鮮な気持ちが蘇る、若返りの書でもあろう。

ぜひ、皆様にご一読をおススメしたい、と思う。


2008-06-06

こんなこと議員の人に喋ったの初めて、に思う

夜、松山市内にて。

中予地区二輪車販売店協会様の通常総会に、
雲峰松山市議会議員とともに参加させて頂いた。

今のところ私はもっぱら四輪車で、二輪車に縁がないことを考えると、
こうしたご縁を頂けることは、実に不思議にして誠に有難い、のである。

お招きを頂いた上野会長様を始め、皆様に心より感謝申し上げたい。

考えてみると、私の二輪車愛用期間は、
小学校時代の自転車に始まり、大学時代の原付バイクでピリオド、である。

そういえば。

大学当時はまだ、原付にヘルメットは義務づけられていなかった。
今考えると、何だか恐ろしい気もするが。

で、経験がそこで止まっているからだろう、今でもたまに、
今度ヘルメット買わなきゃ、買わなきゃ、と、
恐る恐るノーヘルで原付を走らせる夢を見たりする、のである。

但し、あくまでも夢の中、だけれど。

さて、総会のこと。

先に述べた通り、そもそも、私には二輪車業界の知見が、ない。
なかった、というべきか。

しかしながら、ご縁を頂いてからこの間。

そこに業界の課題があること、
行政への切実な要望があること、

そして、

すべての経済活動は政治と切り離せないということを、
学ばせて頂いた思いがするのである。

道路行政、警察行政に、新たな視点を頂き、
あらためて感謝したい、と思う。

恐縮にもスピーチの機会を頂いた私は、
中小企業支援の立場からひとこと決意を述べさせて頂いた。

日本の全企業数の99.8%は中小企業であり、
その皆様の発展なくして、真の経済成長も財政再建もないのだから。

ここはチャンス、とばかり、
公明党の実績を少々PRさせて頂いた。

そして、引き続いての懇親会では。
様々な方から、今の政治に対するご意見をお聞かせ頂いた。

私にとっては連日の対話だが、
こんなこと議員の人に喋ったの初めて、という方が殆どであった。

ぞっと、した。
が、人は知らず。

使命ある限り、私はどれだけ対話ができるか、生かせるか。
自身への挑戦を、誓うのみである。


2008-06-05

地道、の延長線上にこそ

終日、県民相談。
夜は、支持者の皆様との対話集会にお伺いする。

なぁんだ、昨日と同じじゃん。
と、思われる方もいらっしゃるかもしれない。

でも違うんです、お相手も、中身も。

というわけで、今日の舞台は、伊予市である。

沈む夕日が立ち止まる町、で有名な双海地域。

日本一の中山栗、で有名な中山地域。

そして、
商業都市と農漁村の両面を併せ持つ伊予地域、
の内、本日お伺いしたのは伊予地域の下三谷。

支持者宅にて、日頃ご無沙汰をしている皆様と、
久しぶりの、懐かしい再会となった。

ひとしきり御礼のご挨拶を述べた後は、昨日同様、フリータイム。
皆様からのご意見は、引きも切らない。

やはり。
こちらでも、主な怒りの矛先は、政治家と官僚に向かう。

私たちの血税を何と思っているのか、と。
国民と未来に対してきちんと責任を果たせ、と。

そして。

そういう現状を打破するために、あるいは転換するために、
公明党は、もっと闘え、と。

おっしゃる通りです、とばかり私は、委細もらさずメモを取り、
語りながら、お1人お1人の表情とご心情を心に焼きつけた。

そして、私にできることを全部やりきろう、と心に誓った。

その他、お土地柄もあるであろう、昨日の松山市内とは異なり、
農業と農村の未来に対する不安が、いや増して多かった。

時間にして、約1時間。

それは、車だと、かなり遠くまで走れる長さだが、
白熱の対話となると、ほんのちょっとの長さ、だ。

また、昨日今日2日間、私が対話したその数は約100人だが、
全国ネットのテレビ番組で、アナがひとこと話せば何百万人だろう、

と考えると、焼け石に水のように、
小さく些細な2日間なのかもしれない。

が。

そうして承った皆様の声が、そして全国から集められた庶民の声が、
やがてこの国を大きく変えていくに違いない、

そしてそれは、
今日踏みしめた、地道、の延長上にこそある、と私は信じてやまない。

そんな気持ちで、皆様をお見送りし、散会となった。

あらためて。
お忙しいところをお集まり頂いた皆様に、感謝を申し上げたいのである。

��伊予市といえば夕日、といえば若松進一さん http://ameblo.jp/shin-1/ ですね。)