ある壮年の方から、お電話を頂く。
それは、党に対するお叱りを含む、貴重なご意見だった。
今、ガソリン税が国会の争点の1つになっているが、
公明党は、なぜ下げようとしないのか、と。
報道は、自民と民主の対立ばかり取り上げ、公明党の存在はほとんど埋没している。
どころか自民党と癒着の印象ばかり伝わり、残る。
また、生活者の党を標榜しながら、生活者の気持ちに敏感に反応していない。
まったく、民主党にお株を奪われている。
私だけでなく、まわりの多くも同じ気持ちだ。
生活者に対して、もっと敏感に反応してほしい。
そして、庶民として、支持者の1人として、
どうしてもこの思いを党本部に伝えたくて、県議であるあなたに電話をかけたのだ、という。
もう思わず、感謝の気持ちが込み上げてきた。
堰を切ったように、感謝と御礼を申し上げた。
そして、その思いを必ずお伝えすることをお約束した。
その上で、この問題の論点と党の見解について、私なりに感ずるところを率直に申し上げさせて頂いた。
正式にいうと、租税特別措置法。
その第89条第2項に定めた揮発油税の暫定税率の適用期間が、本年3月31日で、切れる。
この暫定税率を撤廃して当初税率に戻すのか、そのまま維持するのか。
というのが、この問題の主要な論点である。
但し、その歴史から検証すると、非常に複雑にして実に深い問題ではあるが。
まず、撤廃すると、税収が約2.7兆円減る。
愛媛に関していうと、市町を含めて約200億円減収という試算もあり、これでは道路整備事業はまったく成り立たない。
どこか別のところから財源を確保しようにも、あまりにも巨額すぎるため、
結局、大幅な行政サービスカットか、新たな負担増か、いずれにしても県民に多大なしわ寄せが生じてしまう。
それは困る、維持してほしい、というのが、愛媛ばかりでなく、全国の地方自治体のほぼ共通した意見だ。
わが県を含む32県議会が、道路特定財源確保を求める意見書を昨年12月議会にて可決している通りである。
一方で。
暫定税率を撤廃すると、ガソリン代が1リッターあたり、ざっと25円、値下げできる。
普通自動車なら、1回満タンで、1000円前後違ってくる計算だ。
原油の高騰が続く中、これは、庶民にとっては大きい。
暫定税率を撤廃してガソリン代を値下げしてほしい、というのは、まさに庶民の皆様の実感であろう。
公明党としては、地方自治体の声と現実の財政事情を踏まえ、ギリギリの判断で暫定税率維持のスタンスだが、
一方で、庶民の生活をしっかり守る観点から、原油高騰対策を、同時に、着実に、進めている。
地方議員との連携で。
福祉灯油の全国推進をはじめ。
離島・過疎地域の足の確保、中小企業の資金繰り支援、運送業者への高速料金引き下げや、
農漁業者への経営支援などの他、便乗値上げなどの価格監視など、諸対策を推進している。
壮年の方と、ひとしきり。
胸襟を開いた語らいを有難く感じながら、お叱りが励ましへと変わりながら。
その中で、ハッとしたことがある。
例えていうと。
0か100か、ではない、その間の落としどころを見つける議論はできないか、ということだ。
その間が、30なのか、60なのか、それとも、やっぱり0か100しかありえないのか。
どの党も、それを言わない、と。
なるほど、その通り。
すばらしい、ご指摘に感動したのである。
もちろん、税率に手をつけ出すと大変なことになる、ということは容易に推察できる。
が、汗をかきながら、それを提示することこそ、私たち公明党の役割なのではないか。
予期せぬ、1本の電話に。
深く考えさせられ、そして、受話器を置いてからも、感謝が込み上げてきた。
その壮年の方のまごころと、頂いた貴重な示唆にお応えできるよう、
しっかりと力をつけてまいりたい、ただただ、そう思った。
��写真は、愛南町・松軒山公園の風見鶏。その敏感を、見習いたい。)
今日は1日、しまなみデー。
今年に入って3回目の今治訪問だが、まだまだ訪れなければならないところは沢山ある。
足しげく通い、一人でも多くの方と対話を重ねてまいりたいと思う。
さて。
日中は、今治の支持者会合に参加し、お一人ずつ心を込めて、御礼のご挨拶をさせて頂いた。
皆様の笑顔に励まされながら、本年の飛躍をしっかりと、心に期した。
会合終了後は、石井・谷口今治市議とともに、街頭遊説へ。
寒風の中、のぼりとハンドマイクを持ち、市内3ヶ所の辻立ちである。
最近の、国政における公明党の取り組みと成果について、
今年度補正予算および来年度予算編成の観点から、力いっぱいお訴えさせて頂いた。
改革は継続しつつも、負担増・格差の緩和など国民生活を重視すべき、というのが私たちの主張であり、
予算案に盛り込んだ具体的事例のいくつかをご紹介させて頂いた。
行き交う車からお手を振ってのご声援や、ご通行中の皆様から頂くひとことのお声がけが、
凍てつく寒さの中、暖かく心に沁みた。
支持者の皆様への感謝の気持ちとともに、ご期待に添えるさらなる成果を出せるよう、
国と地方の公明党ネットワークを駆使してがんばらねば、と決意する。
街頭遊説終了後は、一路、西条市へ。
その移動途中に、あまりにも懐かしい方のお店を発見し、思わず立ち寄った。
ご家族の方からお元気そうなご様子を伺い、ご発展ご活躍を、と心から思った。
向かった西条市では支持者会合に駆けつけ、そして皆様に、
お寒い中をようこそおいでくださいました、との思いで御礼のご挨拶をさせて頂いた。
青年の笑顔が、ひときわ眩しかった。
しまなみでの終日は、あっという間に過ぎ。
今日移動したあちらこちらで、刻まれた青春の足跡が交錯した。
たとえば、どんどびで。あるいは、今治城で。
また、高速ができる前のルート11号で。
あぁ。
この地での、いくつもの出会いと体験のこもごもすべてに、大感謝、を思う。
とともに。
育てて頂いたしまなみとしまなみの皆様に、必ずご恩返しの貢献を、と、決意が込み上げる。
充実の1日を終えて、家路をめざす22:00。
桜三里には、粉雪が舞っていた。
��写真は、テクスポート今治での遊説風景。右は公明党・谷口今治市議。)
今日は、終日、愛南町デー。
走って、走って、300Km。
企業訪問と、県民相談と、観光・商業施設の視察と。
そして、支持者の皆様へのご挨拶にお伺いさせて頂いた。
たくさんの方にお会いでき、感謝の思いでいっぱいになる。
出会いの1つ1つに、感動あり、発見あり、驚きあり、で、何を綴ろうか迷うのだが。
つらつら思うに。
今日お会いしたどの方からも、素朴でほのぼのとした温かさが伝わってきた。
それはきっと、ご当地が育んだ、南予人特有のトーンなのであろう。
また。
対向車や後続車をあまり気にすることなく、美しいリアス式の海岸線を伝って走っていると、
視界に広がる雄大な宇和海、整然と並ぶ養殖いかだ、点在する小島と、対をなす空の雲。
風光明媚とはまさにこのことだ。
気持ちが、ゆっくりと、癒されていく。
この、実にゆったり感じる時間の流れの中にこそ、この町の重要な価値がある、
と思わずにいられない。
松軒山に上がってみると。
蝋梅が、今が盛りと咲き薫っていた。
鮮やかなレモンイエローが眼前に広がり、吹く風に甘い香りが伝わってくると、
ここでもまた、あわただしい日常から解放された気分になる。
道の駅MICに行けば、特産品がズラリ。
特に、魚の安さには驚きだ。
ワンコインあれば、家族が十分満腹になれるに違いない。
野菜も、とれたてだから新鮮だ。
トレーサビリティなどと難しいことをいわなくても、どこそこの誰々が作った、と書いてある。
そのほかにも書けばキリがないほどに。
いわゆる田舎のよさが、随所に感じられる町である。
深刻明らかな、少子高齢化も、過疎も、財政再建も。
このゆったり時空に浸っていると、何とかなるとさえ思えてくる。
今、必要なのは、悲観主義から楽観主義への、心の切替えなのかもしれない。
いずれにしても、難題解決の糸口は、地域経済の復興にあり。
これが、衆目の一致するところだ。
今、この町は。
あいなんブランドの構築を目指し、様々な取り組みに懸命なのである。
ポテンシャルは、十分だ。
来てみるとよかった町、から、高いお金を払ってでも行きたい町へ。
そんな、全国に希望と感動を与えるドラマを、皆様とともにぜひ作っていければ、と思う。
��写真は、松軒山に咲き薫る、蝋梅)
夜、北条にて、支持者の集いに参加させて頂く。
今年もがんばります、ますます働いてまいります、との思いを込めて、
また、祈りながら、お一人お一人にご挨拶をさせて頂いた。
その後、ある壮年の方との懇談の機会を得た。
結論からいうと、有難い、のひと言である。
ナゼか。
政治に、公明党に、そして私たち議員に、期待してくれているからである。
耳の痛い話、手厳しい話ほど、議員は自ら足を運び、求めて聴かなければならない。
そして、その中にこそ、政治における課題解決のヒントがある、と私は確信する。
もとより、民主主義という社会は、多様な意見を許容する。
もっと直接的にいうと、ものごとには必ず、反対意見がある。
その場合の意思決定は、議会政治では多数決というルールを定める。
ルールに基づいてどのように多数を形成するか、それを決めるのは民意であり、手続きは選挙である。
返す返すも、政治の出発点は民意であり、ゴールもまた民意でなくてはならないのだ。
だから、私たち議員は、民意がどこにあるのか、何が民意であるのか、
アンテナを高くして、研ぎ澄まして、日々キャッチしなければならない。
壮年の方のお話を伺いながら、そんなことをまず思った。
さて。
その方は、大阪のご出身。
そして大阪は、私の原点。
青春の一時期を過ごし、熱く濃い、その凝縮された月日の中に、
今、議員をさせて頂く私の原点が、ある。
そして言うまでもなく、大阪の人は、実にストレートなのである。
ストレートを文化とするコミュニティが、大阪人を形成しているともいえる。
それは、ぶっちゃけ、ぶっちゃけさせられるコミュニティであり、
その一員となったとき、これほど居心地のよい世界はない、という社会である。
極めて独断と偏見の、私が実感する大阪観なのであるが、それはそれとして。
大阪から四国に帰ってきた当時、私は、四国の日常のすべてが何となく嘘くさく、
とにかく物足りない、中途半端さと違和感を、激烈に感じたことを覚えている。
壮年の方のお話の根底に、あのときの私の気持ちが重なって見えた。
すっかり四国人となった私も、このひと時、思わず大阪マインドが復活した。
勉強も経験も足りないことは承知の上で、率直な意見を披瀝した。
あるいは、ダメだ、と思われたかもしれない。それでもいい、と思った。
しかし、これが第1歩であり、対話のラウンドの継続と、
頂いた議員としての宿題の実行を、固く、心に期した。
ある人は、それを丸だと主張し、
別のある人は、それを四角だと主張する。
はたしてそれは、丸か、四角か、どちらが正しいか、という議論に対して、
それは議論が間違っている、といえるかどうか。
円柱であれば、いずれも正解なのであって。
円柱は是か非か、というのが正しい議論だといえるかどうか。
生活の課題解決を担う政治は、その知恵と勇気が試されている。
壮年の方から、そのことの大事をあらためて教えられた。
ゆえに有難い、と思うのである。
��写真は、身近な円柱といえばコレ、スティックのり)
午前、企業訪問の後、終日にわたり県民相談対応。
時間に追われ、気づくと日が暮れていた。
さっき、日が昇ったのに、というのはオーバーにしても、
それくらい最近は、1日の経過を早く感じるのだが、さて。
ひとくちに県民相談といっても、内容は実に、千差万別・多種多様だ。
苦情も、ご要望も、生活の万般にわたるだけに、当たり前ではある。
ゆえに、それに対応する行政サービスも多岐にわたる。
そして、その行政サービスの適切な執行のためには、当然ながら、
それぞれの法務・専門知識を有した職員スタッフが必要となる。
その結果。
高度な専門スキル集団が、個々の案件の窓口として、私たちの目の前に現れる。
タテ系の、大きな行政ミッションのもとに、実に見事に細分化されながら。
数えてみると、その数、300強。
これは、県庁にある窓口(係等)の数である。
今、理屈を並べた。
言いかえると、行政から見た、組織構成の根拠説明である。
では、生活者の皆様から見ると、どうか。
非常に、わかりにくいのである。
何かあったとき、どこへ訊ねたらよいか、わからないのである。
今日、あるご婦人から、そんなご指摘を頂いたのだが、その通りなのである。
300ある中から、相談内容が該当する窓口1つを見分けるのは、至難であり、
至難なことを強いる行政サービスであってはならないのである。
また。
そんなことも知らないの、と思わず感じさせられてしまうのが、つらい。
相談先に行き着くまで何度も電話をかけ直すが、それもこちらの努力?と思うと、つらい。
その他にも、生活者の皆様が感じている具体的な、つらい、をいくつもお伺いする中で。
上位のタテ割りからつじつまの合う話は、今までの話。
これからは、生活現場からつじつまの合う話にしていかなければ、と強く感じたのである。
1人の生活者を基点として。
その当たり前が、当たり前になるように。
地方分権も、道州制も、そしてこれからの政治は全て、そこから議論を重ねなければならない、
ということを痛感させられた。
してみれば。
今日のご婦人のご指摘は、小さいかもしれないけれど大きな、重要な政治イシューといえる。
有難く、かつ、真剣に受け止めさせて頂くとともに、改善と改革へのさらなる努力を、と決意した。
��写真は、県庁正面入口横にありながら、今日まで気づかなかった、だいだいの木。)
今日は終日、今治デー。
早朝、市内の通勤ラッシュとは逆方向に、東へ向かう。
まずは午前、県民相談にて波方を視察。
谷口今治市議に同行頂き、ご相談者から事情を伺う。
調査なくして発言なし、とはこのことである。
状況の不合理さに愕然となるとともに、その足で関係企業を訪れ、
行政当局との相互連携と、対応策の申し入れを行なう。
午後は、今治市役所、今治西高、今治北高、企業各社を表敬訪問。
市役所では級友2名を、いわば抜き打ちで、訪ねた。
一瞬、ビックリした後、苦笑まじりのニヤリ。
二人が示した、まったく同じ反応が絶妙に面白かったが、
突然の無礼を少々申し訳なくも感じながら、ご活躍に接し、嬉しい限りであった。
また。
私の母校・今治西高、妹の母校・今治北高では、それぞれ校長先生にご面談を頂く。
極めて個人的な世間話から始まり、教育行政から国の行方まで、対話は広がった。
お二方とも大変ご多忙中にも関わらず、快くご対応を頂き、心から感謝申し上げたい。
貴重な示唆に富むご教授を種々賜ったそのひと時は、まさしく、光栄の至りであった。
お取次ぎ頂いた教職員の皆様にも心より御礼申し上げたい。
そして、夕方にさしかかる頃、伯方島へ移動し、親戚挨拶、県民相談。
夜は、級友の営むお店で親戚と食事の後、今、ようやく帰宅、となった。
訪れたお店の級友は、中学の同級生。
たぶん卒業以来だから、29年ぶりの再会である。
念のため、店員さんに、お店の主人の名前を訊ねたところ、やはりテッちゃんだった。
だよね、と思った矢先、その店員さんが、“誉くんやろ”
と、ピタリ、私の名前を言いあてた。
一瞬の間をおいて、事態がようやく、飲み込めた。
その店員さんが、彼の奥さんであり、同級生のまみちゃんであることを。
感動的な、大爆笑となった。
あわただしい時間帯でもあり、ひと言ふた言のお話ししかできなかったが、
次はゆっくりと訪れることを約して、家路についた。
会いも会ったり、話しも話したり、の1日。
ハンドルを握りながら、思い返しながら。
自身のDNAの本籍。
あるいは。
あの頃、というだけで通じ合える、絆の不思議。
それがあることの有難さが、ほっこりと温かく、いつまでも心にしみていた。
��写真は、夕映え神々しい、伯方島の金波銀波)
お正月モードから一転。
朝から出力全開、な1日。
ご訪問先の各企業様、支持者の皆様、
そして県民相談に対応頂いた理事者各位に、心より感謝申し上げたい。
さて。
最近、注目している連載記事がある。
読売新聞の「貧困/足もとで」というタイトルシリーズの、今日は第6回。
引きこもりの深刻な実態を浮き彫りにした、
そのルポの見出しは“残り時間”であった。
ドキッと一読して、ズキリ、深く心を痛めた。
KHJ愛媛こまどりの会の皆様方の言う通りだ、と。
私は、この、いわゆる社会的引きこもりについて、当事者家族の苦悩の打開をテーマに、
昨年6月と9月の2回にわたり本会議で、また委員会でも、質問し続けた。
同時に、事の重大さは、県単レベルではないとの認識から、
国会のほうでも、山本ひろし参院議員にご協力を頂き、厚労委員会にて同問題を取り上げて頂いた。
しかし、まだまだ解決へのスタートラインに立ったばかり、というのが実際のところであろう。
先月の、KHJ愛媛こまどりの会の皆様との会合で、私はギリギリと、忸怩たる思いに苛まれた。
同記事は。
残り時間のカウントダウンという表現で、今、私たちが何をなすべきかを問いかける。
それによると。
働きも、学びも、職業訓練もしない全国のニートは60万人あまりと推計され(総務省調べ)、
その半数近くに、引きこもり経験がみられるそうだ(厚労省調べ)。
が、全国引きこもりKHJ親の会の調査で判明した現実は、
引きこもり当事者を支える親の平均年齢が、父親62歳、母親58歳、という更なる深刻を示していた。
支える側が、確実に高齢者化しているのだ。
そして、04年の悲劇について、と記事は続ける。
それは、支える両親自体が高齢化・老老介護化した結果、生活が困窮化し、
ついには引きこもりの男性が両親を殺害した、という事件であった。
過去の話にしてはならないし、決して過去の話ではない。
ある支援スタッフは、「親が死んだらカウントダウンが始まる」と危機感を募らせ、
ある関係者は、「働けない人には、生活を保障する道の模索を」と国の対策転換を迫り、
このままだと、
「家族の支えで持ちこたえている潜在的貧困層が、社会にあふれ出す」恐れがあり、
「引きこもりだけではない、180万人超といわれるフリーターの深刻」をも、指摘する。
まさに、社会問題であり、時代の後継者問題、である。
今の自身の非力を嘆く前に、今こそ、先日綴ったGEイメルト会長の言葉を想起したい。
「私は、GEのCEOとして、並々ならぬ大きな情熱、エネルギーを持ち、
新しいアイデアを学ばなければなりません。
こうした湯気が出るようなエネルギーがなくなれば、私は本当に辞めるべきです。
昨日起きたことではなく、明日何を起こすのかを日々考えて実行する必要があります。」
想起するとともに。
湯気が出るような並々ならぬ情熱、でしっかり取り組まねば、と思う。
��写真は、久万高原町の今日の、何という空)