2015-12-05

2015回顧録(5)

6月定例会閉会後の79月は、徹して訪問対話に。





















それぞれの地域にお邪魔をしながら、

さまざまなご要望をお受けしました。



手元の活動記録によると、3ヶ月間の訪問対話数は573名。



特にこの時期は、平和安全法制に関する不安やご批判が多く、

私も積極的に足を運び、お話をさせて頂きました。



この法案は、決してマスコミが言うような戦争法案ではなく、

戦争を防ぐための法案であり、


日米を軸とした安保基盤を強化することが

必ず平和外交の推進力につながっていくということを、


私なりに精一杯、お訴えさせて頂きました。



果たしてその後11月には、

待ち望まれた日中韓サミットが3年半ぶりに開催され、



「北東アジアにおける平和と協力のための共同宣言」が出されるなど、

3カ国の関係改善に向け希望となる、確かな一歩が踏み出されました。



今回のサミットにおいて、日中韓協力プロセスが完全に回復したこと、

また、日中韓サミットの定期開催が再確認されることとなり(外務省HP)、

来年は、議長国として日本での開催となります。



先進国首脳会議・伊勢志摩サミットも含め、万全の体制を準備しつつ、

今後とも、国際社会の平和と安定に信頼の貢献を果たしゆく

平和国家・日本としての外交に期待を寄せたいと思います。

2015-12-04

2015回顧録(4)

改選後、新たな顔ぶれで始まった6月定例会。

















本会議の質問戦では、どの議員からも、

選挙の余韻覚めやらぬ熱気が伝わってきました。



また、常任委員会や特別委員会も含めて、

新人議員の質問、発言、提案を伺っていると、



その見識の高さ、主張の鋭さに驚かされましたし、

また、確実に加齢化しゆく自分?に気づかされました。



健全な新陳代謝によって人間の体が保たれるように、

組織も、世代交代を含め、絶えざる変化が求められます。



1期生の皆さんに負けないよう、互いに切磋琢磨しながら、


よりよい県政の実現をめざしてまいりたいと思います。

2015-12-03

2015回顧録(3)

さて、県議選を終え、日常の議員活動に戻った6月から、

私は小さな、そして新たな挑戦を開始しました。



それは、

決まった時間に決まった場所で行う、定時定点の街頭演説。

















毎週月曜(休日の場合は週明けの)朝8時から30分間。

場所は、県議選で辻立ちを重ねた末広橋。

テーマは、県政報告を中心とする。



この3つだけをルールにスタートしましたが、

おかげさまでこれまで7ヶ月、

出張不在を除いて継続することができています。



決して毎週、エポックがあるわけではありませんが、

確実に毎日、県政は動いています。



県のホームページをチェックしながら、

議会資料に目を通しながら、

自身の1週間を振り返りながら、



明日は何をお伝えしようと考えることが、

すっかり、私の日曜日の日課となりました。



今年から始めた新たな挑戦。


来年もコツコツ地道に継続してまいりたいと思います。

2015-12-02

2015回顧録(2)

この上半期、私にとって忘れえぬ思い出の1つは、

以前、勤めていた会社の創業者の逝去です。


誰しもいつかは迎えるものと知りつつも、

その突然の訃報に、埋めようもない喪失感を覚えました。


その方は、

旭通信社、現在のADKを一代で業界3位にまで築き上げ、

広告業界最後のカリスマともいわれた、稲垣正夫さん。

















当時の私たち社員は決して社長とは呼ばず、

いつも親しみをこめて、稲垣さん、でした。


稲垣さんの人格に触れ、そのお振る舞いを通し、

たくさんの大切なことを学ばせて頂きました。


議員として駆け出しの頃、

稲垣さんから頂いた1通のお手紙。

















そこには、温かな励ましと過分な期待が綴られていました。



「どうぞ大きな、私欲に捉われない、立派な政治家になられますよう」



















・・・そこに向かって1歩でも近づけるよう、



そして私が退職する際、揮毫にしたためられ頂戴した

「苟日新、日日新、又日新」

(まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり)



その言葉の意味を決して忘れることなく、

自身の使命を全うできるよう精進してまいります。

稲垣さん、本当に有難うございました。合掌。

2015-12-01

2015回顧録(1)

2015年も、残りあとわずかとなりました。

皆様にとって今年はどんな1年だったでしょうか。



私自身は、県議会議員の改選期ということも含め

さまざまな意味で覚悟が問われた〈試練の年〉であり、

自身のカベを乗り越える〈挑戦の年〉でありました。



この1年、皆様から賜りましたご厚情に対する感謝と

年の瀬までブログ更新が滞った反省も込めて、

2015年の議員活動を、
徒然なるままに振り返ってみたいと思います。



今年は、春の統一地方選挙で開幕。
















年頭より、4月の県議選に向けて一瀉千里。


様々な出会いとふれあいを重ねながら、

感謝を磨き、決意を深めゆく毎日でした。


そして、往ぬる、逃げる、去る、の言葉通り、

あっという間に、季節は、春へ。


途中、不覚にも膝を故障し、

多くの方々にご心配をおかけしましたが、


お支え頂く皆様方の絶大なお支えにより、


おかげさまで無事、

3期目の当選を果たすことができました。



皆様のご期待に何としてもお応えしていこう、

そんな決意と感謝を満々と胸に湛えつつ、5/12初登庁。



臨時会を経て、議長を初め各種の議会人事が行われる中で、

私は今年度、農林水産委員会の副委員長を拝命することに。



中田委員長をお支えしながら、

農林水産分野発展の一翼を担わせて頂くこととなりました。



未経験の分野ですから、正に一から勉強です。



56月だけでも、

県水源造林協議会総会、


















県しいたけ祭り、

県農協共済組合総会、



















県獣医師会総会


















などに来賓としてお招き頂きました。


各分野のお取り組みやご要望をお伺いしながら、

皆様方のご苦労や喜びの一端に触れゆく中で、


農林水産業の奥深さに圧倒されつつ、

多くのことを学ばせて頂いており、


おかげさまでこれまでとは少し違った視点から

農政を見つめられるようになれたのではと思います。


待ったなしの課題が山積する分野ではありますが、

それはイノベーションの可能性に満ちていると同義であり、


それに対して些かでも貢献できるよう、私もしっかりと、

更なる研鑽を積んでまいりたいと思います。

2015-01-01

勇躍の2015年へ、始動













明けましておめでとうございます。

皆様におかれましては
健やかな新年を迎えられたことと
お慶び申し上げます。

さて、
1年の計は元旦にあり!と申します。

その言葉通り、私も早朝より
決意新たに、新年の活動を開始。

松山市と久万高原町を駆け巡り、

3000名を超える皆様へ
新年のご挨拶をさせて頂きました。

皆様の笑顔と温かなお励ましに包まれ、
勇躍への絶大なるパワーを頂きました。

皆様、本当に有難うございます(^_^)/~

今年の干支は「ひつじ」ですが、

自らの羊毛で人を温かくさせる羊のように、

私も自らの行動で、

皆様に少しでも多くの安心がもたらされるよう、

本県に1つでも多くの新たな展望が拓けるよう、

精一杯、精進してまいりたいと思います。



2015年も全力で駆け抜けてまいりますので

引き続きご指導ご鞭撻を賜りますよう
何卒宜しくお願い申し上げます。

(写真は、本日の公明党新春街頭演説より)

2014-12-31

2014年の結びに














今年も残すところ、あと5時間あまり。
まさに“光陰矢のごとし”です。


小欄をご覧の皆様をはじめ、

この1年、

お世話になりましたすべての皆様に
心から感謝を申し上げたいと思います。


私にとりまして今年は、
政治の奥深さを学ぶ1年となりました。


仕事の質的にも大きな変化が求められ、
求められるものに対し、

まだまだ足りていない自分、
なかなか追いつかない自分、

そうした自分自身の壁と
終始格闘し続けた1年でありましたが、


壁にぶつかるということは
前に進んでいるということ、

そう捉えれば、
本当に貴重で有難い1年でありました。


そして間もなく迎える2015年は、
4月に統一地方選挙が行われます。


私も3期目に挑戦させて頂きますが、


皆様のご期待にお応えできますよう
全力で臨んでまいりたいと思います。


本年の結びとなりますが、

皆様におかれましては、
健やかな新年を迎えられますよう

そして来たる年が素晴らしい1年となりますよう
心よりお祈り申し上げ、

本年1年間の感謝と御礼に代えさせて頂きます。



2015年も何卒宜しくお願い申し上げます。