2008-07-31

南予を走って、走って、走った1日

今日明日と、南予視察。

工程を考えると、体力勝負、と見た。

朝、笹岡公明党県代表とともに、
県本部を出発。

まずは、宇和島市役所へ向かったが、
スイスイと、2時間強で到着。

その途中、いたる所で。


これでもか、とばかり目についたのが、
次期衆院選に向けた、各陣営のポスターである。

戦いは、すでに始まっているな、
と、思わず緊張感が走ったのは、職業柄、か。

さて、市庁舎にて、
松本宇和島市議と合流し、簡単な打合せの後、

ご案内を頂く地元の方とともに、
県道4号線、いわゆる、津島宿毛線の視察に、出発。

南予と高知を結ぶルートの内、
国道56号線をメインとすると、サブルートがこちら。

国道被災時の、
同地域のライフラインルートの1つ、だ。

津島町から岩松川沿いに進み、
途中、祓川温泉でお話を伺いながら、

ひと風呂浴びたがったけれど素通りし、
県境を越え、宿毛市に入ったのだが。

そこを、実際にハンドルを握り、走ってみて、
あるいは、ご要望の現場に立ってみて。

過去の出来事も含めた詳細情報を、
現地の方から1つ1つお伺いし、思ったことは、

やはり、
政治は生活現場主義でなければならないし、

どこまでも、知恵は、机上ではなく現場にある、
ということだった。

ちなみに、車を走らせながら、私は、
ふと、そこに県境があることに、違和感を覚えた。

その昔。

この地域は1つの生活圏だったに違いないと思うし、
訊ねると、今でも実態はそうだ、といわれる。

その話の延長で、
小中一貫教育の学校へも足を延ばした。

知る人ぞ知る、日本一長い校名の、学校だ。

その名は、
��高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小学校」、
��高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山中学校」。
��ご参照⇒ http://sasayama-e.esnet.ed.jp/ )

児童生徒数は、小学校20名、中学校16名。

ノーアポで恐縮だったが、聞きなれない“組合立”という、
県境ならではの学校運営について、上田校長からお話を伺った。

やはり、この地域は1つであることが自然だし、
四国州になる際は、その昔の生活圏に形成し直すべき、と思った。

さて、そこから県道332号線をひたすらクネクネと走り、
広見篠山林道で人知れず高所恐怖症を味わいながら、

横吹渓谷を通って、無事、起点の津島町へ帰還。
夜の会合のため、そのまま急ぎ足で宇和島市へ。

いくつもの気づきと知見を得た、
南予の生活現場、視察であった。

同行の皆様に、道々でお話をお伺いした皆様に、
心より感謝、である。

なお。

すべて終えてホテルに着く頃。

メーターを見ると、
走行距離は330kmを超えていた。

朝、予感した通り、体力勝負、の1日であった。
ふぅ~。

��写真:篠山小学校にて。左から笹岡県代表・私・松本宇和島市議。)


2008-07-30

松前町にて学び、感じる、生きた経済学

午前、弔問参列。

午後は、松前町にて
松本ひふみ町議とともに、企業訪問と街頭遊説。

とある社長との対話が、心に残った。

若き日、ご商売を立ち上げた当時の、
ご夫婦二人三脚のご苦労話、だ。

ご主人は、来る日も来る日も、朝から晩まで、
飛び込んで飛び込みまくる、ドブ板営業の毎日。

しかし、なかなか成果は、上がらない。
断られ続け、しょげた顔で帰宅する毎日が続いた。

が、どんなときでも奥様は、ニッコリと、
今日もご苦労様、と笑顔で迎えてくれたという。

そして、有難くも受注を頂いた仕事には、
例えそれが、どんな小さな仕事であっても、

お釣りがくるほどの熱意で、
クライアントにお応えてしてきた、という。

その信頼が信頼を呼び、評判が評判を生み、
おかげさまで現在に至った、のだそうだ。

来し方を振り返り、社長は、いう。

今、こうして会社も大きくなり、
不景気といわれる中、仕事を頂けるのは、

一番苦しかった創業期に、
愚痴も不満も不安も漏らさず、

いつも自分を信じ、励まし続けてくれた、
家内のおかげですね、

と、笑顔で語ってくれた。

奥様の、信念の強さと、
家内のおかげと言える、社長の人格に。

お2人だからこそ、乗り越え、成し得た事業なのだ、
と、深く、心を打たれた。

そして、自分ごとに置き換えると、

私たち夫婦は、まだまだ修行が足らないな、
と、その未熟を思った。

また、次に訪れた経営者からは、

原油高騰によるコスト高の影響を最小限に抑え、
利益を創出されんとする、血のにじむ経営努力の一端を、
お聞かせ頂いた。

例えば、先日の話。

社員全員に対して、
上期の売上・原価の推移を示しながら、

夏のボーナスの原資はこれだけしかないこと、
したがって、支給額を引き下げざるをえないこと、

しかしながらこの局面を乗り越え、業績を回復させれば、
その分を取り戻せるし、必ず取り戻そう、

ということを率直に誠実に訴えた、という。
そして、不服をいう社員は1人もなかった、と。

感動のドラマ、だし、
こうした中小企業によって日本経済は支えられているのだ、

とあらためて、その支援に全力を、と思った。

また、別の経営者からは、
建設業の不振による、連鎖不振のお話があり、

行政の効率化と官製不況の分岐点の微妙に、
由々しさを痛感せずにはいられなかった。

つくづく。

現場に足を運び、
さまざまな分野の経営者から直接伺うお話は、

まさに、生きた経済学、であり、
肌で感じる、実質経済、と思う。

今日の手応えからも、
地方の中小企業は、明らかにマイナス成長、である。

そうした局面の今、増税などありえない話だし、
国がなすべきは、

どうすれば、日本経済は成長できるのか、
という、その1点に尽きるのではないか、と思う。

あらゆるムダの削減・廃止、つまり、構造改革は、
そのための必要条件であり、

日本経済の実質的成長こそは、

社会保障費の受益負担バランス、つまり財源創出にとって、
前提条件、なのだ。

と、経営者との対話に、思った。

そして私自身。
彼らに負けない、血のにじむ努力を、と誓った1日となった。


2008-07-27

足あと

午前。

昨日の、野忽那島で真夏を楽しむ会、
その主催者への御礼にお伺いする。

午後、読書等。

2008-07-26

やっぱり夏は、こうでなくちゃ、と野忽那島で

快晴の早朝、
息子とともに自宅を出発し、

向かったのは、野忽那島。

いつもご支援くださる皆様とともに、
野忽那島で真夏を楽しむ会、

とでもいうような、
親睦の集いに参加するためであった。

AM7:00、高浜港で雲峰松山市議と合流し、
フェリーに乗り込む。

お約束の、「白いかおりの島へ」が流れる中、
満員御礼状態の船室を横目に、デッキへ上がると、

空と海の間で、潮風に吹かれ、波間に揺られ、
キラキラと反射する海の煌めきを見渡しながら、

最高なんだな、コレが、
と、島育ちの私は思わず、血が騒ぐのであった。

ほどなく、野忽那島に到着。

参加者はそれぞれ準備にあたり、
雲峰松山市議と私は、地元の皆様へのご挨拶に伺った。

今日の集いの主催者お2方にご案内を頂いたのであるが、

ジリジリと容赦なく照りつける日差しの中、
1軒1軒、また1軒と、島のほとんどを、回らせて頂いた。

最初の10軒で汗だくとなり、
最後は、全身ずぶ濡れ状態、である。

この、久々の、アドレナリン全開状態は、
まさに昨年の選挙以来であり、何とも懐かしい心地よさ、だ。

おかげさまで、市政から国政まで、
島の方々の様々なご要望を伺えたし、

この間の私たちの取り組みについても
対話とご説明をさせて頂くことができた。

ご案内を頂いたお2方に、
重ね重ね、感謝を申し上げたい、と思う。

さて、ご挨拶回りを終えて会場に戻ると、
なんと美味しそうな、匂い。

地元でとれたての海の幸、がズラリ、
スイカや桃など夏の幸も所狭し、で。

松本松前町議のご家族たちも合流し、
ここからが、野忽那島で真夏を楽しむ会。

舌鼓を鳴らしながら、打ち解けた雰囲気の中、
歓談がはずむ、はずむ、楽しいひととき。

ほれ、できたで~。

と、大振りでアツアツの、サザエの壺焼きを、
5つも6つも食べたのは中学生のとき以来だし、

噛み切れないほどの、ぶっといタコ天は、
小学生以来じゃないかな、

と、横にいる小学生の息子を見やると、

トウモロコシはいくつも平らげながら、
サザエには手をつけていない。

おしりの渦巻きが気持ち悪いから、
と、ボソッと私に打ち明けるのだが、

私も最初はそうだったことを思い出し、
長い目で、何でも有難く食べられる子に、と思った。

さて、食事の後は、釣り、である。

優しいおじちゃんたちに、
手取り足取り、手順を教えて頂きながら、

初めて経験する、釣りの面白さに
すっかりはまった息子であった。

その釣果は、2匹。アジと、メバル。

遅れて参入した私は、
昔とった杵柄も甲斐なく、カラコゲ3匹。

見事な、完敗である。

と、楽しいひとときは、あっという間であって。
帰りのフェリーが、島の、山の端から見えてきた。

大急ぎで後片づけを済ませ、帰途に着く。

見送る方々と見送られる私たちに降りそそぐ、
昼下がりの灼熱に。

やっぱり夏は、こうでなくちゃ、
と思ったし、

人と人のふれあいは、こうでなくちゃ、と、
英気も新たに、思い返すのであった。

このたびのお世話を頂いた稲垣様・舛久様はじめ皆様に、
心から感謝を申し上げたい。

最高の夏の思い出を、
本当にありがとうございました。


2008-07-25

めざすはユニバーサル社会、なイベントにて

午後、市内で開催された
えんむすびプロジェクト第2弾、

“アトリエブラヴォが描く松山
��そりゃあ、もう、わっくわくですよ~”

というイベントに参加した。

主催、というか、仕掛け人は、
NPO法人ユニバーサルクリエイトの、佐伯さん。

本ブログで何度もご紹介させて頂いた、熱血漢であり、

何に対して熱いかというと、
ユニバーサル社会の実現に対して、で、

それはどんな社会かというと、
障害の有無や、年齢、性別に関係なく、

すべての人がそれぞれの能力を発揮しながら、
共に支えあう、という社会、だ。

その志において完全に同意する私もまた、
佐伯さんとお会いするたびにヒートアップするし、

その都度頂く、宿題の解決を考えながら、

わが国の、厚労行政の途方もなく大きな壁に、
いつも頭を悩ませるのである。

さて、今回のイベントは、
福岡と松山のアトリエによるチャレンジドの競演、

ということで、

絵画、オリジナルグッズ、手織り製品、皮製品、木工品など、
ユニークでクリエイティブな作品がズラリ勢ぞろい、

の、展示販売のほか、
書道作家「てらきち」さんの書道ライブ、

「愛が和するYUI GREEN」さんと マイ箸をつくろう」ワークショップなど、
前回以上に多彩な内容で、会場は、多くの来場者でにぎわっていた。

あらためて、
チャレンジド各位のクリエイティブセンスに脱帽、したし、

彼らの活躍の場、その能力を発揮できる機会、を拡げることは、
そのまま、GDP増大にも経済成長にも資する、と思った。

障害者雇用促進法によれば、
常用労働者数56人以上の事業主は、

たとえば、民間企業は1.8%、国と地方公共団体は2.1%、
というふうに、

障害者を一定割合以上雇用すべき義務を負うことになっているが、
それができている企業の割合は、

本県の場合、最近5年間でみると、
50%前後で推移している状況であって。

法定雇用率だけでなく、チャレンジドの自立と就労支援に、
もっともっと光を当てなければならない、状況なのである。

そうした、目の前にある厚労行政の、いくつもの大きな壁を、
志を同じくする、あらゆるクラスターをつなぎ、突破し、

必ず、ユニバーサル社会を実現させてまいりたい、と思う。

チャレンジドと、私たち自身と、未来の子どもたちのために。

各アトリエスタッフの弾ける笑顔に、
かえってこちらが励まされるように。

会場を後にしながら、ググッと、心に誓うのであった。