2007-08-14

子どもにもわかる

終日、党務に追われる。
1日が、あっという間だ。

その上、多忙にかまけてか、暑さに茹だれてか、
最近は、読書も思索も十分にできていない状況である。

頭と心に、充電が必要だ。

ということで、書店に立ち寄り、何冊かチョイス。
思わず手に取ったのは、「14歳からの政治2」という本。

例えば、14歳の中学生が、石破茂衆議院議員に、
日本の平和は大丈夫ですか?などと、大真面目にインタビューするのである。

著名な政治家の面々が、果たして、中学生の腑に落ちる説明ができるのだろうか、
という興味とともに、ドキッとするくらい、こういうアプローチは、あり、だと思った。

考えてみると、政治は決して有権者だけの、大人たちだけのものではない。

にも関わらず、結果的に、私たち大人だけのものにしてはいまいか。
政治家も官僚も、その対話対象として、無意識に子どもたちをオミットしていまいか。
と、思わず、ハッとしてしまった。

買ったあとは、じっくり、読むとして。

難しいことほど、つまり政治も、子どもにもわかるように、という雅量が必要だと思う。
雅量といい道理というのは、子どもにもわかるものだからである。

そして、子どもたちは、本能的にウソを見抜く天才なのである。
その子どもたちの腑に落とすためには、政治はウソをつけないのである。

1冊の本のタイトルへの直感が長くなったが。
放電ばかりで干からびないよう、忙中の充電を早速明日から、と思う。

2007-08-13

久しぶり、のチカラ

知人との久しぶりの再会に旧交を温め、
元同僚と、じっくり近況を交換した、1日。

考えると、去年の今頃は、自身の統一選出馬に向けて、
会社内での様々なネゴに奔走していた時期であった。

温かく背中を押してくださった皆様のおかげで、
その後、円満に退職することもでき、今日に至った。

おかげさまを思う。

すべてがリセットされ、今、新たなステージで、新しい使命に働かせて頂いている。
そして、政治の世界において、私が積み上げたものは、ほぼゼロ、という事実。
ここが、スタート地点。

文字通り、一からであり、
毎日、ブログを綴りながら、1年生という表記が多いのは、その自覚からである。

学生と違って、この世界の1年生は、易しくない。
考えさせられることの多いこの頃、ではある。

しかし、私にとって有難いのは、
この世界でしっかり働いていこう、との決断にいたった初心と、
真心から支えてくださる皆様とのお約束、という原点が、
今、なお鮮やかに、心に赤々と燃えていることである。

ここに立てば、使命は明確だ。
ここに立てば、闘志が沸く。
そして、ここに立てば、謙虚になれる。

旧交を温めながら、そこには戻れないということの現実と、
これから進むべき道のりの険しさを心して刻んだ、1日となった。

��写真は、松前町に沈む荘厳なる夕日)

2007-08-12

街頭に立ち

参院選から、ちょうど2週間。

マスコミの過熱はいささか治まりつつも、政局をにらんで
各党・各議員とも落ち着いてなどいられない、正念場の夏、といえそうだ。

わが公明党も、捲土重来を期して、次へのスタートを切っている。

今日は、先日、見事当選を果たした山本ひろし参議院議員とともに、
中越沖地震の被災者支援の募金活動と遊説で、街角に立った。

世間は、お盆休み。
松山まつりも始まって。

ご家族連れ、友だち同士、カップルなど、道行く人々の、
楽しそうに会話する笑顔が、日ざしと共に眩しかった。

こういう何気ない当たり前の日常に、平和は存在するのだ。
どこか遠いところでもなく、大上段でもなく、まるで空気のように。

街頭に立ちながら、脳裏にパッと、確信が生まれた。

空気があってこそ、人は生きられる。
が、日常生活の中で、それを意識したり感謝したりすることは、殆どなく。

目を転じると、中越沖地震で被災された方々とその暮らしは、
まだまだ復興には遠い状況にあり、思いを馳せれば胸が痛む。

その少しでもお役に立ちたい、という思いからの募金活動だったが、
大勢の道行く善意の方が、続々と募金をお寄せくださった。

その真心に、心から感謝と感動を覚えた。

まもなく62回目の終戦記念日を迎える。

先人達が築いてくださった、この平和というものに深く感謝しながら、
その上に、さらなる安心と安全と満足を、社会に広げていけるよう、
党としても、個人としても、がんばらねば、と心に期す1日となった。


2007-08-11

新人2名、始動

参院選を受けた臨時国会が、昨日で閉幕した。
今朝の愛媛新聞にて、愛媛の新人2名の所感を載せた関連記事に目が留まる。

6年間じっくり論争を、と。
その通りである。

いつ解散があるかもしれない衆議院と違って、そこは良識の府である参議院。

友近氏は農林水産の分野で、わが公明党の山本ひろし氏は厚生労働の分野で、
と、それぞれが注力の方向性を定める。
しっかりと取り組んで頂きたいし、私も山本議員と同様に、決意をあらためている。

明日は、その山本ひろし参議院議員と、市内で街頭遊説を行う予定だ。
わが公明党のロゴマークは、太陽。
その灼熱の太陽の下、力いっぱい行ってまいりたい。

��写真は、8/11付愛媛新聞2面記事)

2007-08-10

県内視察、2日め

今日は、今治市の大三島と大島に渡った。

大三島では、JF大三島水産物二次加工場を訪れた。
同加工場は、合併市町村周辺地域振興補助金事業として
本年3月に竣工した施設である。

その目的は、豊漁・不漁・魚価次第といった経営から脱却し、
地域水産物にさらなる付加価値をつけて、「売れる」水産加工物の開発と販路拡大をめざす、
というものである。

地元日本食研とのコラボということだが、その強化がポイントに思えた。

続いて、大島へ移動。

潮流体験船と、物産館兼魚食レストランを視察した。
いずれも、宮窪地区観光拠点整備事業として、本年4月に営業を開始し、
着実に来訪者が増加しているとのこと。

まだ緒についたばかりであるが、ビジネスとしての将来性を感じた。

特に、潮流体験船。
これは、工夫次第でドル箱になりうる、と思わず唸った。
いくら巨額投資をもってしても、この壮大な自然装置は作れないのだから。

潮流体験を、宮窪観光全体のストーリーの中で、どう魅力的に落とし込んでいくか、が重要であろう。
ホスピタリティを真ん中に立てて、ぜひ他の地域に希望を与える、観光事業としての成功を、と思う。


PS
大三島と大島の真ん中に、私が育った伯方島がある。
潮流体験で訪れた船折り瀬戸は、昔から有名な、船の難所である。

ここの潮流がいかに早いかということは、中学3年の夏、はからずも体験した。
苦い思い出、である。

そのとき、私はシュノーケルと水中めがねと足ヒレをつけて、
友だちと海に潜り、銛で魚やウニやアワビを獲っていた。

獲っては焼いて食べ、また潜り。

ある時、浜辺近くで潜ったつもりが、海面へ出ると、ずいぶん沖に出ていた。
しまった、潮につかまった。
流されている。
すごい力で、船折り瀬戸の渦のほうへ引っ張られていくのがわかった。

あとは無我夢中。あるいは一心不乱。

流れに逆らわず利用して、少しづつ浜辺へ浜辺へと必死で泳ぎ、
1㎞くらいむこうの岸辺に、どうにかこうにかたどり着くことができた。
本当に死ぬかと思った。

その後、祖父たちから、昔は、このあたりの潮の速い海で流され、
亡くなる方も多かったことを聞く。
自然に対する敬虔を、身にしみて覚えさせられた夏であった。

船折り瀬戸を通過する潮流体験船にて、当時のその場所を見つめながら、
それから28年経った夏も、あの時と同じように、また暑い1日であった。

��写真は、船折り瀬戸の潮流と渦)


2007-08-09

県内視察、初日

今日は、県内視察の初日。
環境保健福祉委員会と総務企画委員会の16名で、東温市と西条市を訪れた。

まず、東温市。

地域新エネルギービジョン・環(わ)のまちづくり、を推進する同市では、
その先進的なエネルギー環境保全への取組みについて、高須賀市長よりご説明を頂く。
��ご参照URL⇒ http://www.city.toon.ehime.jp/eco/ )

そして、新エネルギーである、太陽光発電・バイオマスエネルギーの導入例として、
市役所・消防署・学校給食センターなどを視察した。

その後、同市内の、愛媛県立子ども療育センターへ。

同センターは、障がい児とその親御様に対して、保健・福祉・医療・教育などの
様々なサービスを提供し、わが県の地域療育の拠点として、本年4月に開所された
施設であり、私自身、4/18以来、2度目の訪問となった。

こちらでは、見学中に出会う一人一人の子どもたちを慈しむように、
手を取り言葉をかける、中込センター長の温かなふるまいがとても印象に残った。

次に、西条市では、食の創造館を訪れた。
��ご参照URL⇒ http://www.shoku-souzou.jp/ )

こちらは、生産日本一のあたご柿を始め、県下屈指の農業地帯である同市が、
有望な農産物資源の新たなブランド化とビジネス化を図るため、
その一環として位置づけられている、戦略基地だ。

特に、伊藤市長自らの経営戦略、つまり西条食料産業クラスター構想に関するご説明は、
非常に熱烈で、その説得力に感心することしきりであった。

両市を視察し、トップのリーダーシップ、ということを考えさせられた。
自立をめざして取り組む、地方の地方の真剣さを、学ばせて頂いた。

そして、一方では、国と県の補助金活用事業ということから見ると、
もう1歩踏み込んだ、リターンの視点からの検証の必要性を感じた。

1年生の私にとって、視察の初日は、刺激的なほどに有意義で、
もっともっとわが愛媛の知見を広げていかなければ、と、
視察・調査活動の積極を、心に誓う1日となった。

��写真は、東温消防庁舎・防災センター内の、地震体験コーナー)

2007-08-08

古き良き

今日8月8日は、そろばんの日。

無理のある語呂合わせの記念日が多い中で、
この日は、とっても自然な感じがして、私は好きだ。

何を隠そう、私は、そろばん大好きっ子であった。
小学2年から6年まで習って、1級をもらった。

思い出すのは、当時流行った、TVコマーシャルのCMソング。

♪ね・が・いーましーては、トモエのそろーばん、パッチパッチパッチパチ。
��中略)ト・モ・エーの、そろばん、パチパチ!

昔は、世に出る心得として、読み書きそろばん、が言われたが、
大人になって、習って本当によかったな、ありがたいな、とつくづく思う。

そろばんの優れたところは、
記憶力と、集中力と、計算力が養える、ということが一般にいわれるが、
最も素晴らしいメリットは、右脳が開発されるという点にあるのではないか、
と私は考える。

暗算を例にとると、高速で動かす指先に合わせて、珠の盤面が、
頭の中で、同じ高速度で映像化されるのだから、
いわば、これは究極のイメージトレーニングである。

そう考えると。

読み書きそろばんは、すべて右脳系、つまり感性の開発手段といえそうだ。
日本人が西欧人に比べてロジカルに弱い、ということも少し頷ける気がする。

その、そろばんも、昭和40年代の電卓登場の頃から退潮が顕著となり、
今では、習う子供たちも、そろばん市場も、縮小する一方となった。

今の子供たちの習い事は、学習塾といい、スポーツといい、音楽といい、
ほとんど、次のステージに直結した実利が目的かのように見える。

決して悪くない。
悪くないけれども。

次のステージよりも、むしろ次の時代を見越して、くらいの広い心を持ちたい、と思う。
そして、私たちが、日本人であり続ける限り。

古きよき、こういった日本の伝統文化にもっともっと光を当てて、
それに見合うべき再評価と、しっかりとした継承を行わなければ、と思う。

ひるがえって、そろばんの日に。

おもむろに、押入れからそろばんを取り出して、久しぶりに、珠を弾いてみた。
予想通り、指がもつれた。